完甘美の空腹

relish the beauty, sweet, perfect

『ジーン・ワルツ』考

〈あらすじ〉
主人公の曾根崎理恵は、帝華大学で体外受精の研究と発生学の講義を行いつつ、産科医院のマリアクリニックにも赴いて、そこに来る妊婦たちを診察していた。理恵は患者の立場に立って考えようとしない大学病院の姿勢に以前から反発を覚えていたので、このクリニックでの妊婦との接点を大事にしていた。だが、クリニックのマリア院長が大病を患ってしまったため、クリニックの閉院が決まってしまった。当然のこととして理恵はマリアクリニックに通院する妊婦たちを出産が終わるまで見届けようと決意するのだが、実はその彼女の決意には、ある重大な秘密が隠されていた。

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〈注目すべきポイント〉
マリアクリニックの四人の妊婦たちは、それぞれ様々な事情を抱えており、「懐妊」といっても多様なケースがあることを教えてくれる。そこには長年不妊に苦しんだ夫婦もいれば、予期せぬ懐妊で冷静に考えることのできない女性もいる。そうした妊婦たちが困難を前にしてどのような一歩を踏み出していくのか、また理恵はどうしてマリアクリニックに通う四人の妊婦たちにこだわり彼女たちの出産を見届けようとしているのか。この辺りがこの映画の見どころとなっている。

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代理出産の問題について」


1.生殖医療を大きく進歩させた「体外受精

生殖医療の進歩多不妊に悩む人たちを救い出してきた。その進歩の決定的な要因は、受精卵を人の手で技術的に作成するのが可能になったことだろう。その技術とは「体外受精」であるが、最初に「人工授精」と「体外受精」という言葉の意味について確認する*1

〈人工授精(artificial insemination)〉
採取した精子を医師が子宮に送り込んで授精を試みる方法。家畜の繁殖方法として古くから行われており、生殖医療の方法としてもその歴史は古く、18世紀にイギリスで最初の赤ちゃんが誕生している。

体外受精 (in vitro fertilization)〉
子宮の外で受精卵を作り、それを子宮に戻して着床を試みる方法。体外受精は、人工授精とは違って受精卵を作成して、子宮に戻す方法であるため、当然妊娠する確率も高くなる。映画『ジーン・ワルツ』の冒頭のシーンで曾根崎理恵が顕微鏡を眺めながら行っていた「顕微授精」も、子宮の外で受精卵を作る体外受精の形態であるが、卵子に人工的に精子を注入して授精を試みることから、体外受精とは分けて考えられている。世界で初めて体外受精によって誕生した赤ちゃんは。1978年にイギリスで生まれたルイーズ・ブラウンという女の子だった。今では珍しくない体外受精による出産も、当時は世界的な大ニュースで、普通に生まれてくるのか、また生まれてからもちゃんと成長するのか、疑問を投げかける医師もいた。また世間でも体外受精という「人工的な妊娠」に違和感を唱える人が多く、ルイーズや両親に対して嫌がらせの手紙を送りつけたり、「実験で作られた赤ちゃん」「フランケンベビー」などと心無い言葉を浴びせたりする人たちもいたようだ。だが、ルイーズは元気に成長し、彼女は既に結婚もして、二児の母親になっている*2

現代の私たちから見れば、ルイーズや彼女の両親が受けた嫌がらせや非難は、単に「体外受精」という新しい技術を理解できていなかった誤解や偏見によるものだと一蹴できるだろう。ならば、今の私たちが戸惑いや疑問を感じるような医療技術の進歩も、未来の人間たちから見れば、無知や誤解によるものだった、と片付けられるものなのだろうか。

いずれにしても、生殖医療について言えば、この体外受精が可能になったことでその状況は大きく一変した。なぜなら、この体外受精という技術がなければ、代理出産も当然あり得なかっただろうし、胚盤胞の段階の受精卵を使用するES細胞の研究など、再生医療の技術もここまで進むことはなかったからだ。

今回では、代理出産の問題のみに焦点を当てて論じるが、この代理出産を強く切望する人たちにはどのような事情があるのか、その一方で制度として認めた場合にどのような問題が生じうるのか、そうした様々な問題や立場に想いを巡らせて、この問題の難しさを感じ取ってほしい。

 

2.『ジーン・ワルツ』のモデルについて

この映画の原作は海堂尊が執筆した同名の小説であるが、映画の冒頭にあった「産科医が逮捕された話」と「実母による代理出産の話」は、どちらも実際にあったケースをモデルにしている。

 

福島県立大野病院産科医逮捕事件(2004年)〉
2004年に起きたこの事件は、福島県の県立大野病院で産科医が「業務上過失致死」と「医師法違反」の疑いで逮捕された。その当時もかなり大きなインパクトを持って受け取られた事件で、医療を題材にした小説では設定を変えて度々取り上げられている。

事件の概要は次の通りである。福島県双葉郡大熊町の県立大野病院で、帝王切開により赤ちゃんを出産した後、産婦の「癒着胎盤*3」が判明し、直ちに胎盤を子宮から剥離する措置が取られたが、その際の大量の出血により残念ながら産婦は亡くなってしまった。当時大野病院では産科医が一人だけだったため、専門家による検証が必要と判断され、すぐに医療事故調査委員会が設立された。そしてその事故調査委員会は、「癒着胎盤の剥離措置で通常では使用しないはさみが使われていた」こと、また「大量の出血が続いていたにも関わらず応援を要請しなかった」という点を過失とみなし、胎盤剥離を直ちに中止して子宮摘出に処置を切り替えていれば助かったかもしれない、と結論付けた。そのため警察は、事故調査委員会の結果を受けて担当医師の逮捕に踏み切ったのであった。ただし裁判では、医師の胎盤剥離処置と患者の死の因果関係については認められたものの、「業務上過失致死」と「医師法違反」には該当しないとして、医師の無罪が言い渡された。

 

〈祖母が孫を代理出産(2006年)〉 
映画でも指摘されていたように、1983年に「日本産婦人科学会」が代理出産に対して「自主規制」の立場を示したことを受けて、日本での代理出産は原則禁止とされている。しかし、規制する法律や罰則がある訳ではなく、あくまでも「自主規制」であったため、日本で初めての代理出産が、1996年に長野県の諏訪マタニティークリニックで試みられている。

この初めてのケースは、生まれつき卵巣はあるが膣や子宮の無い「ロキタンスキー症候群*4」の女性からの依頼を受けて、その夫婦の体外受精させた受精卵を、夫の姉の女性が代理懐胎を試みる形で行われた。当初病院の根津院長は代理出産に否定的であったが、女性から「私の身体のことを十分承知の上で結婚しようと言ってくれている彼がいます。そのために、ぜひ私たちの子供をつくってあげたい。先生、協力してください」と懇願され、「医療は患者のためにある」という自分の信念から代理出産を援助することを決意したのであった。ただ、残念ながらこの初めてのケースは流産に終わってしまった。

しかし、それから5年後の2001年、最初の子を死産すると同時に子宮を摘出することになってしまった姉に代わって実の妹が代理母となる、というケースで初めて無事出産に至っている。こうした結果を諏訪マタニティークリニックはすべて公表しているので、日本で最初に代理出産を成功させた病院として認知されているが、非公表の病院も当然想定されるため、日本でどれだけの代理出産が行われてきたのか、その正確な実態は不明である。

ちなみに、諏訪マタニティークリニックでは2008年までに15例の代理出産を成功させており、その15例の中でも、とりわけメディアに取り上げられて注目を浴びたのが、2006年に行われた「祖母が孫を産む」という形で50代の女性が代理出産を成功させたケース出会った。まさしくこれが『ジーン・ワルツ』のベースになっているが、諏訪マタニティークリニックの試みには様々なバッシングもあった。

そのため病院では「代理出産を引き受けるケースは依頼者が婚姻関係にあること」、「依頼夫婦の受精卵を使用すること」、また2003年から「依頼夫婦の実母が代理母となる代理出産のみ認める」ことにして、「生まれた子供は『特別養子縁組』によって速やかに夫婦の子供にする」など、独自のガイドラインを作成して、産みたくても産めない夫婦のための代理出産を支援している*5

 

3.代理出産とは

代理母が赤ちゃんを産む代理出産と言っても、卵子提供や精子提供された場合をそこに含めて考えると、様々なケースが想定される。基本的に代理母には、「子供と産みの母親との間に遺伝的な繋がりがないケース(ホストマザー)」と子供と産みの母親との間に遺伝的な繋がりがあるケース(サロゲートマザー)」とがあるが、提供された精子卵子体外受精させた受精卵を使用する場合も考慮すると、代理出産としては以下のケースが考えられる。

 

〈想定される代理出産のケース〉
・子供を産む女性と子供との間に遺伝的な繋がりが無いケース
(1)夫婦の体外受精させた受精卵を、代理母が出産する。
(2)夫の精子と第三者から提供された卵子との受精卵を、代理母が出産する。
(3)妻の卵子と第三者から提供された精子との受精卵を、代理母が出産する。
(4)第三者から提供された精子卵子との受精卵を、代理母が出産する。
・子供を産む女性と子供との間に遺伝的な繋がりがあるケース
(5)夫の精子代理母卵子を人工授精させて、代理母が出産する。
(6)第三者から提供を受けた精子代理母卵子を人工授精させて、代理母が出産する。

 

上の説明をもとに考えると、『ジーン・ワルツ』の例は(1)ということになる。基本的には代理出産と聞いてイメージするのは(1)かもしれないが、当然(2)~(6)のような複雑なケースも存在する。実際にあった代理出産には、以下のようなケースもあった。

 

〈実際にあった代理出産に関わる事件〉
・「ベビーM事件(1986年)」
代理出産でも、子供と代理母との間に遺伝的な繋がりがあるケースであり、それが有名な「ベビーM事件」である。これは1986年にアメリカで起きた事件で、代理出産アメリカで社会問題化するきっかけとなった*6。この「ベビーM事件」での代理出産は、依頼夫婦の夫の精子を、代理母となる女性に人工授精する形で行われたが*7、出産後にその女性が、子供の引き渡しと報酬一万ドルの受け取りを拒否してしまったことから、裁判で親権が争われることになった。そして二年間にわたる裁判を経て子供は依頼夫婦に引き渡されたが、代理母にも親権が認められて、子供への訪問は許可されることとなったため、代理出産に関する法律の整備が検討されるきっかけとなった。

・「16人の子供を代理出産させた男(2014年)」
2014年の夏にタイで、ある若い日本人男性が16人の子供を代理出産させていたことが明らかとなり、大きな話題となった。この男性のケースでは、代理母ではない女性から卵子提供を受けて(或いは卵子バンクなどで卵子を購入して)代理出産が試みられており*8、その卵子提供者の国籍は、スペイン、イスラエルスウェーデン、オーストラリア、ブラジル、マレーシア、中国、アメリカであるとも伝えられている。これだけの数の子供を代理出産させた意図は何だったのか。渡航前に本人は知人に対して「100人から1000人くらい子供を作りたいと思っている」と話していたようだが、財産分与のためか、タイの不動産を購入するための国籍取得が目的だったのか、その正確な理由は不明である。いずれにしても16人の子供たちは事件後タイ政府に保護され、その日本人男性だけでなくタイの代理母たちも、タイ政府を相手に子供の引き渡しを求めて民事訴訟を起こしたが、その後の経過については報道されていない。

・「ひとりの子供に5人の親(1995年)」
1995年にアメリカのサンフランシスコであった嘘のような本当の話。夫婦のジョンとルアンは子供を持つことを希望していたが、二人とも生殖能力に問題があったため、不妊治療の甲斐もなく妊娠に至ることはなかった。しかし、どうしても子供を諦めることができなかった夫婦は、第三者から精子卵子を提供してもらい、それを代理母に依頼して出産してもらうことを決めた*9。そして、この代理出産を引き受けてくれる女性パメラも見つかり、第三者から提供された精子卵子体外受精させて、代理母パメラは無事妊娠することができた。この時点でお腹の子供には5人の親が、すなわち養育上の親である父親ジョンと母親ルアン、産みの親である代理母パメラ、遺伝上の親にあたる精子提供をした男性と卵子提供した女性という、5人の親が存在していた訳だが、その後事態はさらに複雑になる。なんと代理母パメラの妊娠中に、ジョンとルアンが離婚してしまったのだ。そのため、お腹の子があまりに可哀想だと感じたパメラは、自分が養育上の親になることを決意して訴訟を起こしたが、裁判所は、離婚したルアンが育てた方がよいと判断した。そしてルアンは生まれた子供を引き取ったのだが、今度はルアンが養育費の請求を求めて、ジョンを相手に裁判を起こした。しかしジョンは、そもそも自分と子供との間に遺伝的な繋がりがないことを理由に、自分が養育費を払う義務はないと主張し、裁判所も一審ではジョンの主張を認めた。もちろんルアンは納得できなったため、すぐに控訴し、最終的にはジョンとルアンが子供の法的な親となったが、その判決が下されるまでの3年間、この子供の法的な親の欄はずっと空欄のままであった。

 

4.代理母の問題点

既に触れた通り、日本での代理出産は1983年以来原則禁止となっており、2008年の日本学術会議代理出産に関する報告書でも、やはり禁止が望ましいとの結果を示していた。

代理出産を制度として認めるにはやはり問題があり、たとえば「ベビーM事件」のように代理母が子供の引き渡しを拒否するといったトラブルだけでなく、逆に、生まれた子供に病気や障害があることで子供の受け取りを依頼夫婦が拒否するトラブルも実際に起きている。そもそも代理母が担う代理出産と言う行為それ自体の問題点に関しても、「妊娠出産というおよそ10ヶ月間にも及ぶ身体的・精神的負担や命の危険もある行為を第三者の女性に負わせることの問題」、「女性を妊娠出産のための手段(道具)にすることの倫理的問題」、「夫婦の想いばかりが優先されて、生まれてくる子供の福祉をきちんと考えていないという問題」などが指摘されている。

この他にも、代理出産がビジネスとして広まることを問題視する意見もあるが(商業的代理出産の問題)、ただこの点に関しては、仮に代理出産が社会的に認められることになった場合、およそ10ヶ月間近くもお腹の赤ちゃんへの配慮を強いられる代理母に大志て無償という訳にはいかないだろう。もちろん、代理出産の商業化には問題があるが、それは金額の問題というよりも、多くのケースで経済的な問題を抱えた社会的弱者が引き受けることになりかねない点になると言えるだろう。

けれども、こうした問題を回避する形で代理出産を認めることはできないだろうか。たとえば『ジーン・ワルツ』や諏訪マタニティークリニックのように、代理出産を希望する母親が代理母になるケースであれば、上記のような問題は回避されるように思われる。ただし、制度として認めるのであれば、依頼できる、或いは希望する母親がいる人といない人との間で不公平感が生まれるので、やはり現状のように、罰則はないものの自主規制という形で代理出産が禁止されている状況が妥当なのかもしれない。

しかし、今の日本では現状の代理出産の在り方に大きな問題を抱えている。つまり、日本で禁止されていることが却って別の問題を生み出してしまっているのだ(海外に渡航して行われる代理出産の問題)。しかも、代理出産は制度として認めるとしても、大きな問題がある(代理母と戸籍の問題)。その問題点を最後に、二点指摘しておく。

 

代理母の戸籍上の立場の問題について
そもそも日本の家族制度を規定している「民法」は、明治時代に作られた古い法律である。当然のことながら「代理母」の存在も「代理出産」という方法も全く想定されていない。だが、想定されていなかったからといって、そうした現行の「民法」と「代理出産」との間に何か齟齬はあるのだろうか。まずは、「民法」で親子関係を規定する条文を確認する。

〈親子関係に関する「民法」の条文〉

・第772条(嫡出の推定)

(1)妻が婚姻中に懐胎した子は、夫の子と推定する。
(2)婚姻の成立の日から二百日を経過した後又は婚姻の解消もしくは取り消しの日から三百日以内に生まれた子は、婚姻中に懐胎したものと推定する。

・第774条(嫡出の否認)
第772条の場合において、夫は、子が嫡出であることを否認することができる。

・第779条(認知)
嫡出でない子は、その父または母がこれを認知することができる。

 ※嫡出【ちゃくしゅつ】:「嫡出」とは婚姻関係にある夫婦から子供が生まれることであり、その夫婦から生まれた子供は「嫡出子」という。それゆえ「嫡出子でない子*10とは、事実婚などの婚姻関係にないカップルから生まれた子供を指す。

 上の条文からどのようなことが指摘できるのか。第772条第1項では、結婚しているカップルの間に生まれた子供は「夫の子と推定する」と言われているが、「夫と妻の子と推定する」とは言われていない。この条文を見る限り、自分の子供かどうか推定する必要があるのは「男性」だけであり、また第774条にあるように、生まれてきた子供を「認知*11」する必要が生じるのは、「男性」だけなのである。

だが、第779条では、「婚外子」の話ではあるものの、母(女性)の認知が問題になっている。けれども実際には、生まれてくる子供の「母親による認知」は不要だと考えられており、「母親による認知」に関して度々言及される最高裁判判決*12でも、「母とその非嫡出子(婚外子)との間の親子関係は、原則として、母の認知を待たずに、分娩(出産)の事実によって当然に発生すると理解するのが相当であるから、X(母)がY(子)を認知した事実を確定することなく、その分娩の事実を認定したのみでその間に親子関係の存在を認めてよい」とと言われている。つまり「父子関係」と違って「母子関係」は、出産の事実さえ明らかであれば、その赤ちゃんと女性が親子であることは明白なのだから、そもそも母子間で認知の問題など起こりえない、と考えられていたのだ。もちろんこの判決の頃には、代理出産が可能になることなど微塵も想定していなかったに違いないだろう。

それゆえ現在の「民法」に即するならば、婚姻関係にある夫婦の間で生まれた子供は自動的に産みの親にその夫婦の子となるのであり、たとえ遺伝的な繋がりがないことが明らかであっても、産みの母親が実母となるのである。これを『ジーン・ワルツ』に当てはめると、曾根崎理恵の実母で理恵の代理母をした山咲みどり(代理母)の子供となり、理恵とその子供の関係は、たとえ遺伝的には親子であることが明白ででも、戸籍上は歳の離れた異父兄弟となってしまうのだ。

このような代理出産に関する戸籍の問題で注目されたケースには、2004年のタレント向井亜紀・元プロレスラー高田延彦夫妻の代理出産騒動がある。

向井さんは、2000年に妊娠判明と同時に子宮頸癌に罹患していいることがわかり、妊娠を継続させることを諦めて、子宮を全摘出する手術を受けていた。だが、どうしても子供を諦めることができる、奇跡的に三個の卵子の採卵に成功したことも後押しして、夫妻はアメリカで体外受精による代理出産をお願いすることを決意した。して2003年11月、三度目の体外受精による体外受精によって無事双子の赤ちゃんを授かることができた。当初は、法的な親子関係に関して全く関心を持っていなかったが、2004年に日本に帰国してから自分を「実母」とする出生届役所に提出した際に、単に受理されなかっただけでなく、そのときの対応に不信感を抱き、自分を実母とする出生届をめぐって品川区役所を相手に裁判を起こした。この裁判は、第一審で東京家裁では夫妻の申し立ては却下されたが、夫妻は即時抗告し、二審の高裁では「子供の福祉の観点から出生届受理は必要」との判断が下された。だが、当時の法務省は、民法では「出産した女性を母親とする」と明記されているため最高裁による判断が必要と考え、品川区役所に不服申し立てをするように指示。結局この件は最高裁まで争われ、2007年、東京高裁の決定が破棄され、向井さんを「実母」とする出生届は認められないとする判決が最高裁で下された。

裁判の結果は以上のとおりだが、ただし向井さん親子も、諏訪マタニティークリニックで実施されている代理出産のケースと同じく、「特別養子縁組」で親子関係を結んでいる。

この「特別養子縁組」を結ぶためには幾つか条件があるが、認められれば「養親・養子」と記載される「普通養子縁組」とは違って、戸籍上も「実親・実子」となる。両者の違いは以下の通りである。

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日本財団「ハッピーゆりかごプロジェクト」HP参照)

繰り返しになるが、「民法」が作られた当時は、遺伝的な繋がりのない子供を女性が生むことなど全く想像もできなかったはずだ。そのため、もし代理出産を日本でも認める場合には、この点の法改正は必要なのだろうか。しかし、遺伝的な親子関係を重視して「民法」を改正するならば、「卵子提供」や「精子提供」を受けて子供を出産したケースが親子ではなくなってしまう、という問題もある。

戸籍上の母親は、赤ちゃんとの遺伝的な繋がりを基準にして考えていくべきなのだろうか。それとも、これまでと同じく「産んだ女性」を母親と考えて、「特別養子縁組」の制度の利用を勧めれば問題ないのだろうか。いずれにしても、生殖医療の進歩と制度的な問題について議論している自民党のプロジェクトチームでも、「産んだ女性を母親とする」というこれまで通りの考え方を踏襲する方向で議論が進められている。

 

〈海外に渡航して行われる代理出産の場合について〉
海外の代理出産の状況を見ると、驚くほど先に進んでいる。約40年前に世界で初めて代理出産を行ったアメリカでは、現在のおよそ7割の州で代理出産が認められており、生まれてくる子供もここ10年で約3倍も増え、年間2000人近くの赤ちゃんが代理出産で誕生している。こうした代理出産の増加に伴って、生まれてくる子供に障害があったために引き取りを拒否するなどのトラブルも多発しており、訴訟社会のアメリカでは、事前に代理母との間で交わす契約書の書類が年々厚くなっていると言われている。

また、アメリカ以外の代理出産に関する現状を見ると、フランス、ドイツ、イタリア、スイスでは禁止されているものの、イギリス、オランダ、ベルギー、カナダ、ハンガリーフィンランド、オーストラリア、イスラエルデンマークギリシャルクセンブルク、ロシア、アルゼンチン、ブラジル、インド、ニュージーランドベトナムでは、全面的もしくは条件付きの形で代理出産が認められている。ただし、近年はクリニックの取り締まりを強化している国や禁止されていることが、かえって海外での代理出産を増加させてしまっているのである。

以前は、海外で代理出産を希望する日本人夫婦はアメリカに渡航することが多かった。けれども、渡航費も含めると二千万円近い費用が掛かってしまうアメリカに比べて、東南アジアでは数百万円で行えることから、とりわけ医療技術の高いタイでの代理出産が近年急激に増加して、タイでも問題になっている。しかもそのタイでの代理出産の約8割が日本人夫婦の依頼だというのだ。そうしたタイのある村では、20代から30代の女性のうち5人に1人が代理出産を経験しているという報告もあり、その背景には代理出産を引き受けることによって、タイの女性の平均年収のおよそ7年分もの報酬を貰えるということも大きく影響している。

もちろんこうしたタイの代理出産を引き受ける女性たちの中にはトラブルを抱えている人も多く、以前大きなニュースにもなった、代理出産で生まれた子供がダウン症であったために依頼夫婦が引き取りを拒否したケース以外にも、流産をして重い後遺症を患っているにも関わらず、仲介業者からきちんとして対応をして貰えずに自費で通院しているといった悪質なケースも報告されている。

こうした現状も踏まえ一昨年から自民党は、生殖医療問題の作業部会を設置して、「病気などで子宮がない」、「卵子精子は夫婦のものに限る」、「報酬は禁止とする」などの条件を設定することで、日本でも代理出産を認めることが可能かどうか、議論が続けられている。

 

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Laura Muntz Lyall "Mother And Child"

 

〈関連〉 

 

 

〈参考文献〉

ジーン・ワルツ (新潮文庫)

ジーン・ワルツ (新潮文庫)

 

海堂尊ジーン・ワルツ』新潮社

 

マドンナ・ヴェルデ (新潮文庫)

マドンナ・ヴェルデ (新潮文庫)

 

海堂尊マドンナ・ヴェルデ』新潮社

 

母と娘(むすめ)の代理出産

母と娘(むすめ)の代理出産

 

根津八紘『母と娘の代理出産』はる書房

 

代理出産 生殖ビジネスと命の尊厳 (集英社新書)

代理出産 生殖ビジネスと命の尊厳 (集英社新書)

 

大野和基『代理出産 生殖ビジネスと命の尊厳』集英社新書

 

生殖医療の何が問題か

生殖医療の何が問題か

 

伊藤晴夫『生殖医療の何が問題か』緑風出版

 

生殖革命と人権―産むことに自由はあるのか (中公新書)

生殖革命と人権―産むことに自由はあるのか (中公新書)

 

金城清子『生殖革命と人権―産むことに自由はあるのか』中公新書

*1:ちなみに、「授精」と「受精」は、それぞれ原語のinseminationとfertilizationに対応している

*2:因みに、彼女は自然出産で出産した。

*3:本来胎児と一緒に外に出てくるはずの胎盤が、何らかの理由で子宮から離れないでいること

*4:発症する数は、およそ5000人に1人とも言われている。

*5:なお、海堂尊の作品には主人公である理恵の代理母となった実母の視点で描かれた『マドンナ・ヴェルデ』という作品もあり、この中では、子供を産める身体に戻すために女性ホルモンの投与を受け、再び生理が来たことに戸惑いを示す場面や、出産経験はあっても特殊な形で出産を前にして不安で心が揺れ動く代理母の心情などが描かれている。

*6:「ベビーM」とは、名前を出すことができないこの赤ちゃんのイニシャルである。

*7:これはケース(5)に該当する。

*8:このケースは特殊だが(2)に該当する。

*9:このケースは(4)に該当する。

*10:以前は「非嫡出子」と呼んでいたが、近年は「婚外子」という言葉が定着している。

*11:或いは「否認」

*12:昭和37年4月27日判決、民集16巻7号1247頁より。