完甘美の空腹

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自我を放棄するということ

imkotaro.hatenablog.com

 

以前の記事を掘り下げた話。

例として、水を飲むという動作における自我のあり方について考える。

「喉が乾いたから飲みたい。そう思ったからコップに手を伸ばす。」

これが一般的な理解だけど、脳波的な解釈によるとこれは逆なんだそう。つまり、手を伸ばしてコップを取った後に、「喉が乾いている」と思うらしい。こういう例を見ると、自我が行動を制御しているという常識は疑わしく思えてくる。どちらかというと、自分の行動のつじつまを合わせようとして、喉が乾いたと思っているように見える。

反復し身体(反射)化された動作というのは、自我よりも早い。まあ考えれば当たり前だろう。生命の維持に関わるので自我の発生を待っていられない。

僕がここでいう「自我」は、あるいは「言葉」と言い換えてもいいかもしれない。感覚器官が受けとった情報が、即座に脳にもたらす「感じ」のことをクオリアという。水を飲もうとするときの「喉が乾いた」という認識と、コップを手に伸ばす行動が逆転しているという現象は、「喉の乾き」のクオリアが、言葉という認識に落ちるよりも先に、「コップを取る」という行動を起こさせていると考えることができる。

言葉は遅いのだ。言葉が自分が感覚器を通じて受け取る世界を、意味にしたがって切り分けるまでにタイムラグがある。しかし言葉に切り分ける前に僕たちは既に、感覚器に映る世界を内的に知覚しているのだ。この言葉に落とされる前の感覚を西田幾多郎は「純粋経験」と呼んだ。正確には純粋経験の一形態ということ。西田によると、記憶や意思もそれが現在の感覚であるという点において、純粋経験たりえるのだそう。故に、喉が乾いた人をしてコップを手に取らせた意思も、純粋経験と言っていいだろう。「言葉によらない精神の活動を純粋経験と言う」と考えればそんなに外してはいないと思う。

言葉による認識は、既に起きたこと・終わったことを「物語」として組み直すことだ。状況を的確に説明できるように、瑣末な情報を省き、つじつまがあう話を作り上げる。そこには必ず因果関係がある。因果関係が科学と言い換えられるようになったのはここ100年とか200年以内の話だけど、八百万の神とともにあった古においても、因果関係自体は当然あったらしい。

しかし、さて目の前に斬りかかってくる相手がいる。あるいは、他の理由で生命に多かれ少なかれ危機が生じている状況にあって、因果にとらわれている訳にはいかない。「危ない」と思った瞬間には遅い。確実に。そもそも、因果によれば相手が先に斬りかかってきたのだから、相手が斬るほうが早くなる。状況を認識して「おお、これは危ないらしいぞ」などと認識するよりも先に体が動いてなければいけない。この瞬間に無我はある。いや、普段からあるのだけれども、この状況に限ってはその存在なしには窮地を脱することができない。

もちろん、窮地から脱することができない場合もある。というよりはそっちの方が多いだろう。これは無我の状態で可能な動きの中に、窮地を脱するに十分な動きが身体に登録されていない(動きが身体化されていない)とか、あるいは本当の窮地に陥る前に、恐怖に囚われてしまって行動が制限されるとか、無我の動きが阻害される場合だろう。

結局どうすればいいのか?どうすれば生き残れるのか?

もちろん危険に近づかないのが一番だ。それをもって最高の護身という方法もある。しかし例えば、目の前でナイフを持った凶漢が暴れていて、一方的な殺戮が起きているとする。赤の他人ならともかく、友人とか家族が巻き込まれそう。すると「仕方がない、止めるしかない」となる。確かに、君子危うきに近寄らずというのは理想的な手段に思えるが、実際には絵に描いた餅なのだ。

やはり、自我を捨てるより他にないのだろうと思う。これから死ぬかもしれないという恐怖も、自分の動きが通じないかもしれないという疑いも、その場に至っては何もかも捨てて、無我に命を預けて、淡々と距離を詰める。相手が振り下ろすなり突いてくるなり、なんらかの隙を見せる。それにより自動的に動きが起動する。そこに相手に対する敵愾心も、自分の命が危ないと思う恐怖も介在する余地はない。自分という存在は、相手の動き・状態に対して動きを起動するためだけの「装置」だ。言葉に落とすタイムラグが生じないという状態を保つことで初めて、「相手が優位だがら自分は死ぬ」という因果関係を覆す道が開ける。

思考が漏れたり、恐怖で過剰に反応すること防ぐために、ああしようとかこうしようと思うのも(本当は)下策なのだろう。事ここに至ったのだから(今更後悔しても無駄なので)、何も考えずに行くのがベストだと思うし、それを実現するべく為すのが本来の姿だろうと思う。

もちろん自分にそれができるとは言わない。ただ、そうする方が楽なのだ。色々。

 

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7/30 17:58