完甘美の空腹

日記 自分用

権利が先か、義務が先か。

  僕は今、大学で体育系サークルのまとめ役(部長)を担っている。大学1~4年生の計40人弱が所属していて大会の他に合宿や忘年会などイベント事のある割としっかりした(?)サークルだ。僕の代はたまたま人数が少なくて6人しかいないのに実質僕を含めた3人だけが幹部業をしている。当然それだけでは回らないので1コ下のやる気のある後輩たちがやる気のない同期たちに取って代わって仕事をしてくれてる。とてもありがたいことだし、同時にとても申し訳ない。そんな幹部の仕事という義務と、サークル員あるいは学生としての権利の話。

  先日、練習後の短いミーティングで僕の同期の一人が「最近の練習で声を出しているのが特定の選手だけだから、大事な大会も近いことだし他の選手ももっと声を出して盛り上げていこう!」的なことを言ってチームを鼓舞してくれた。そしてその人は次の朝練習をサボった。うーん...。ちなみにその人は後輩に自分の仕事を任せている人の内の一人。

さて、ここで僕が突っ込みたいのは幹部としての義務を果たしていないのに、部員としての権利を行使できるのかということ。幹部として練習にできる限り参加するのは義務(仕事)だ。練習を盛り上げるのはもちろん大事な仕事だけど、練習メニューを考えて作るのはそれより優先順位の高い義務だよ。その仕事を後輩に放任して、挙句には自分の「声を出して盛り上げていこう」という発言に責任感もなくすぐサボる。何というか、説得力がない。もっと言うと、使命感がない。練習に極力するのも練習メニューを作るのも練習で声を出して盛り上げるのも「やりたくなくてもやらなきゃいけないこと」かもしれないけど、本当に幹部としての自覚があるなら「自らやらなきゃと思うこと」であるはずだよ。そうでなきゃいけないよ。そういう自覚があれば、「後輩には任せていられない、自分がやってやるんだ」っていうプライドがまず先にくるから、自発的になるし責任感も説得力も出てくる。ただ、それ以前に僕らは学生だ。もっと言うと一部員。ならば、サークルに意見する権利は誰しも平等に与えられているかも?ならその意見に意義はあるだろう。だけど、そこに説得力はないのだ(ここが肝心)。説得力がなければ、いくら正論を並べても机の上の話で終わってしまう。説得力がないから、関心せず、誰も靡かないのだ。

権利が先か、義務が先か。

  僕は社会学系の学生なので、権利と義務を取り扱う講義を聴講している。社会福祉学という講義で障害者福祉でこんな内容があった。

日本国民の3大義務は何か?教育、勤労、納税。では代表的な権利は?人権。ここで考えてみよう、障害者には障害者のための教育施設が用意されている。なので、教育を受ける義務を果たせる。では勤労、納税はどうか?障害者のための就労窓口は開かれていると言うが、実際はそうでもない。障害のために長時間座っていることができない、単純作業や繰り返し作業ができない、難しく多い手順を踏む作業ができない等の制限があるしその障害の度合いも人によって様々だから定職には就くことは難しい。勤労はおろか納税もままならないこともある。なので、勤労と納税の義務は果たせない。果たせていないのだ。ただ、障害者である以前に彼らは一人の人間。ならば人権があるのだから、最低限文化的な生活を送る権利があるし、それを行使することができる。その為の生活保護制度であったりする訳だ。

そんな内容。だけど、そこに生活保護を受ける説得力はない。健常者である人々は後ろ指を立ててその権利を行使することに反論する。義務を果たしていないのに生活保護を受ける権利はない、税金の無駄使いだ、と言い張る。説得力がないから、関心せず、誰も靡かないのだ。

権利が先か、義務が先か。

  結論を言ってしまうと、この話は「鶏が先か、卵が先か」問題と同じだと思う。だから答えなんてない。でも、だからといって考えなくていいということにはならない。なってはいけないはずだ。だってこの意識のすれ違いには大きな亀裂がある。相手の立場になって考えていないという点が大きな相違を生んでいる。そりゃそうだ、誰だって自分に関係ない人がどうなろうと知ったこっちゃないけど、自分のお金(税金)が碌でもない人の為に使われるのは納得がいかない。そう思うだろう。僕もそう思う。だけど、もし自分が相手の立場だったなら。不自由な身体、コントロールできない自意識、配慮されない世間の常識、そして厳しい社会の目。恐ろしすぎる。そんなん権利がなけりゃ生活もままならないわ。講義ではそこで福祉の役目が重要になってくる、という風に話が進んでいく。ただ、それは国家と国民との話。幹部と部員という小さな現実ではそうはいかない。国家は予算があるから金にならない福祉事業なんかに投資するけど、現実にはそんな金も余裕もない。それでも、どちらも考えなくてはいけない。

権利が先か、義務が先か。

 

 

 

個人的には「権利を語る前に義務を果たせ」っていうスタンス。ただこれは人に強制することじゃなくて僕自身に言い聞かせていること。だって授業とか試験で立て込んでいて出れない場合もあるじゃん。学生だし学業優先は当たり前。これは絶対。遅刻に関しても僕は何も言わないし。だから仕方ないことは仕方ないって割り切ってる。結果自分の負担が大きくなっていくんだけど、1つ上の部長もその上の部長もすごく頑張ってたし、その頑張りを見て「カッコイイ、自分もやるんだ」と思っちゃったから自分がやってる仕事に対して悪い気はしない。それでも思うのは、みんなもう大学生じゃん。大学生なんだからさ、これくらいの事は言わなくてもやってくれよな。と常々思う。挨拶する、遅刻しない、脱帽する、人が喋っている時に携帯いじらない・私語しない、提出物出す、連絡する...。大学生だし仕方ないよねって思われるのが本当に嫌すぎる。たかが遅刻、されど遅刻。それをどう思うかは相手次第なんだよね、自分は「あー寝坊しちゃった、まいっかサボっちゃえ」でいいかもしれないけど他の人から見たら「あいつダメじゃんやる気ねーな」って思われる。それがたった一度の遅刻だとしても。だからそういうことは言われずにやって欲しいんだけど、まあ難しいよなあ。これに関しては僕が人間、自発的にやる気を出した時が一番結果に繋がると思っているから、注意してない。大学生なんだからそろそろ自分で気づいてやってほしい。まあそこまで面倒見る必要はないけどさ、でも気になっちゃうんだよね。やる気を出させるのも僕の仕事かもしれないけどさ、仮に練習を強制させて全国大会に出たとしてもそれが嬉しいとは思えないんだよね。自分で思い立って頑張って努力して工夫して試行錯誤して挫折して、それでもやり繰りしてなんとか結果が出たらそりゃもう一生もんの成功体験になる。そのための環境整備が自分の義務だと思ってるよ。そういうやり甲斐?意義?みたいなのはあるよね。数少ない楽しさ。

でも。でもさあ~。せめてカッコ悪いことはしてくれないで欲しいわ、同期として恥ずかしすぎる。。。

 

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 6/9 0:44

「天賦人権説で権利が先」以外の意見のみ受け付けます。