『マインド・タイム』感想

「ええ、あああ、その、リベットの実験って知ってるかしら」
「いいや」
ベンジャミン・リベットはアメリカの神経生理学者よ。リベットの実験というのは、こういうもの。被験者に関して測定されるポイントは三つ。体のどこでも良かったのだけれども、とにかくそこを動かそうと決定した時間。そのときは指だった。」
「二点目は」
「指を動かすために、脳が動作の準備に入るその電気的活動が発生した時間。準備電位と呼ばれるものよ。三点目は、実際に指の筋肉が動かされた時間。これらを測定した結果、世界をひっくり返すような事実が判明したの」
「少なくとも、まだ世界は裏返ってないようだが」
「誰も深刻に受け止めていないからよ。だって、被験者が指を動かそうと決意するよりも前に、脳はそのための準備を始めていたんですもの」
「……何だって」
「行ったとおりよ。」指を動かせと意識が命令して、指が動くのではないの。意識が指を動かそうと思うより前に、脳はその準備に入っているの」
「馬鹿馬鹿しい」
「いいえ、残念ながら七〇年代から八〇年代にかけ繰返し追試されてきて、最早動かしようのない科学的事実なのよ。この実験の解釈は様々にあるわ。人間の自由意志を否定するもの。意識は後付で行動を追認または否定しているに過ぎないというもの。それから、それはごく狭い見方に過ぎず、実験は意志決定という巨大なプロセスの全体を測定できていないのだというもの」
「意識は後付で行動を追認しているに過ぎない、とはどういう意味だ」
「たとえば、私が貴方あの頬をつねるとするわね。貴方は痛みを感じるでしょう。でも痛みというのはね、体の部位にもよるけれど、脳に到達するまでにだいたい〇・五秒もかかっているのでも、貴方はつねられた瞬間に痛みを感じているように錯覚する。つねられたと同時に痛さを感じているかのように『感じている』。でもそれはね、脳が刺激を受けた時間軸を編集しているからなの。〇・五秒遅れた世界を、〇・五秒戻してやってから意識に送り込むことで、擬似的なシンクロニシティを作り出しているからなのよ。今現在、なんてものは存在しない。視覚も、味覚も、触覚も痛覚も、その処理速度はばらばらよ。私っちが日々見て、感じている世界の統合された瞬間瞬間を脳内に作り上げるには、コンピュータと同じでそれなりの処理時間が必要なの。それらばらばらな情報をまとめ上げて、あたかも『今現在』とか『この瞬間』とかが存在するかのように錯覚させているのが、私たちが『意識』と呼んでいる機能の一部ってわけ」
「じゃあ、意識は肉体と無意識で出来た自動人形の見ている、単なる夢だっていうことなのか」
「もちろん違うわ。意識は判断し、行動を調整することが出来る。ただ、意識がなくとも出来ることというのは実は多いの。人間は何から何まで意識して体を動かしているわけじゃないでしょう。キーボードをたたく指の一本一本、アスファルトを踏みしめる歩みの一歩一歩。そういうのは単純な例だけれども、でも音楽演奏を初めとする、かなり広範囲の文化的創作行為が、実は意識の介在なしに行われているとする研究は存在するわ」

 

伊藤計劃From the Nothing, With Love」より

伊藤計劃記録

伊藤計劃記録

 

 

この中で出てきたリベットの実験が気になって、ベンジャミン・リベットが書いたマインド・タイムを図書館から借りて読んだ。とても面白かった。

 

マインド・タイム 脳と意識の時間

マインド・タイム 脳と意識の時間

 

  内容としては、上の引用のように、
・人の意識は0.5秒以上の継続的な刺激がないと「気づか」ない。(タイム-オン理論)
・この「意識」するための0.5秒分の刺激を受けた後、主観的な遡及、時間のさかのぼりが起こる。つまり0.5秒がトリガーとなって0.5秒分時間遡及が起こる。そのため、0.5秒間脳の感覚皮質に刺激を与えている間に手の皮膚へ刺激を与えると、単純にそれぞれ0.5秒ずつ遅れて皮質の刺激→皮膚の刺激の順ではなく、皮膚→皮質という順に感じられる。
・この0.5秒に満たない刺激では人は「気づか」ないが、実は「気づい」ている
・2つのランプが順番に点灯しているうちに脳へパルスの刺激を送り、どちらのランプがついているときに刺激が来たかという実験をする。全く刺激を送っていない時では当たり前だが50%に近い数値であったが、刺激の持続時間が0.5秒以下の「気づい」ていない場合では、推測にも関わらず正答率は明らかに50%を超えていた。
・これは、「おそらく、いかなる種類のアウェアネスも現れないうちに、すべての意識を伴う精神事象が実際には無意識に始まっている」ことを意味する。
・感覚信号に対する迅速な行動、たとえばスポーツなどにおける運動反応は無意識のうちに行われている
・人は自由で自発的な行為の550ミリ秒前に脳は起動プロセスを示す。しかし、行為を実行しようとする意識を伴ったアウェアネスが現れるのは、その行為のたった150から200ミリ秒前、つまり行為を実行しようとする自分の意志や意図に気づく400ミリ秒前に、自発的なプロセスは無意識に起動する。

 

など。

  本文中ではさらにどのように意識が脳の中で現れるのかについての考察、自由意志や決定論についても言及している。結構内容的に難しいと感じた。しっかり1行1行読んで考えないとしっかりとは理解できないタイプの本。でも、重要なところは太字で強調されてるからそこ流し読みでもおもしろいと思うけどね。実際に読んでみて上の要約のように実験に関してはなんとなくわかったけど、自由意志とか意識的な拒否とかの部分は複雑で新書を読むくらいの感覚で読んでたからわからんかった。もう図書館の期限もくるし難しいね。

意識の遅延は実際に生活していても、お湯が跳ねてかかったときとかで感じるからわかりやすいけど、主観のさかのぼりと無意識、意識が起こる前に無意識に始まっているという部分はやっぱりにわかには信じがたい。けれども、とても面白い。

無意識の知覚(サブリミナル知覚)ってパソコンでいう常駐ソフトとかバックグラウンドで動いているプログラムみたいなもんだと思った。バックグラウンドでは思考していて、結果が出るとひらめきとして意識上で気づく。アイディアが思いつく三上、枕の上、厠の上、鞍の上みたいにリラックスしてるとそのバックグラウンドから結果が出てくると解釈ができるなーと思った。そのためにバックグラウンドで起動するようにある程度詰め込まなきゃいけないのかなと思ったり。

それこそ、上の伊藤計劃風に言えば「擬似的なシンクロニシティ」に生きているということを「意識」し始めると自分の意識、自由意志についていろいろと思っちゃう。自分の意志、意識とはなんなのか。意識は無意識の後に始まるってその無意識はどっから来るのか。

 

  自分の「意識」について考えたくなる一冊。ただすごい科学的に書かれてて、アウェアネスなど独特の単語があって読み物としては固いし、何より高い。ただもちろんリベット自身が書いているからリベットの実験がどのようにして行われたのかということに関しては詳細に理解できる。図書館で借りるのが無難かな。

 

この本の訳者の下條信輔が書いた新書の「<意識>とはなんだろうか」も読んでみようかな?

それにしても、まずはハーモニーを読み直すところからだ。

 

ハーモニー (ハヤカワ文庫JA)

ハーモニー (ハヤカワ文庫JA)

 
「意識」とは何だろうか―脳の来歴、知覚の錯誤 (講談社現代新書)

「意識」とは何だろうか―脳の来歴、知覚の錯誤 (講談社現代新書)

 

 

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 4/23 18:01