完甘美の空腹

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考える人は考えることに悩まされるという皮肉

The eyes which are the windows of the soul(目は魂(心)の窓である).

-Plato(プラトン

 

哲学の祖ソクラテスの弟子であるプラトンを知っているだろうか。無知の知アポリア(行き詰まり)が有名かな、イデア論を考えた人だ。色々思うところがあってイデアについての本を読み漁っていた。もやもやしていた思考がそれとなくまとまったので書き留めておく。

実は、イデアは誰でも感じることができる。

とても身近で、しかも特別な訓練が必要なく、だれでも本質の世界を扱う場所がある。それが、数学の世界。数学と式によって人間は自然を計り思考する。しかし、自然世界がいつ自分のことを1、2だと教えてくれ言っただろう?否、言っていない。にも関わらず、人間は現実世界から得たものではない(自分たちで創り出した)尺度によって、この世界を規定できる。それどころか、時には今までに自分たちが認識できなかったものすら、発見できるようになった。その時、私たち人間は数式を通じて何かしらの「本質」を感知しているのではないだろうか?私たちの世界に完全なものは存在しない。

例えば、世の中に丸いものはたくさんあるが、完全にまるいものは1つもない。しかし、人間は頭の中に、完全な球体を思い描くことができる。その球体は、もはや現実世界には存在しない、本質そのもの。その時、私たちは真理の光に照らされているのだ。

そう、イデアの光に....。

 

これは僕個人の意見だけど、人には何か本質をとらえようとする性質があると思う。そうでなければ、こうして他の人と話もできないだろうから。文章を通して思っていること・考えることを伝えることができないから。でも。でも、なぜ、真理というものは本質的でなくてはならないのだろう?真理というのは完全だったり、本質的であろうとする。なぜ、そういうものなのだろう?不完全な真理があってもいいんじゃないか。そもそも私たちが不完全なのに、完全をどうやって定義できるというのか。いや、むしろ不完全だからこそ完全を求めるのだ。完全というのは、私たちが求める”願い”に他ならない。でも、それならば真理ではない。むしろ、不完全な方が真理に近いのではないだろう?

 さて、改めて聞こう。「答え」って何だ?

この世の中のあらゆる場所に答えがある。算数の式の答え、トランプのルールみたいな簡単なものから、国同士の争いの解決方法、果ては人間の存在の理由まで。そして、誰もが思う、どこかに絶対的な「答え」がないものかと。

 最初の答えは簡単だ。このパンは小麦からできていて、小麦は小麦の種からできていて、小麦の種は原子から、原子は陽子と中性子と電子から、そして素粒子...となる。範囲を大きくしても同じで、昔人たちは自分たちが住んでいる場所の形すらはっきりとわかっていなかった。今は誰もが地球の外に宇宙があるって知ってる。じゃあ、宇宙の果てには何があると思う。いつか宇宙の果てに立てば、おそらくそこは終わりではなく、まだ先があると思う。「答え」だと思ったものにたどり着いたら、また新しい「なぜ」が生まれる。無限に続く「なぜ」。それに対して、無限の「答え」を用意するのは不可能だ。身近な問題ですらそうなんだから、さらに人間の認識の限界を問うような問いなら、もうお手上げ。神はいるのか?世界は存在するのか?自分って一体何なのか?そういう超越的な問題のいずれにも人間は、はっきりとした答えが出せない。理性は原因と結果を答えに求めるけど、見たこともない領域に人間は原因も結果も用意できない。曖昧な答えは、いずれ必ず矛盾に突き当たる。

つまり、「答え」を強く求める人間ほど「答え」を出せなくなってしまう。これを、「純粋理性の二律背反」という。だから、コギトになるということは、「答え」にたどり着けないということ。すると、考えること自体、意味がないということになる。なので、「なぜ」を考えるのをやめて、『「なぜ」と考える理由』、『なぜ「答え」が必要なのか』という問題を考える他ない。

そして答えとは、どこか遠い場所にあるんじゃなくて、自分の中にある。

だから、自分を知るために・答えを知るために考えるのだ...。

 

プラトンの哲学 (岩波新書)

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プラトン入門 (岩波文庫)

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ソクラテスの弁明・クリトン (岩波文庫)

ソクラテスの弁明・クリトン (岩波文庫)

 

読んだ書籍を一応並べておくが内容はまじくそつまらないから読まなくていい。というか読まない方がいい。古本で1冊100円だとしても無駄金だと思うレベルなので本当にお勧めしない。哲学なんて何にも役に立たない学問より、建築学や医学を学ぶべきだ。

哲学はどうしても、どうしてもいつ何時もあれこれ考えていないと頭がどうにかおかしくなってしまう(考えなくてももともと頭はおかしい)ような人が自我を保つためのその場しのぎや一時の安寧、そして「自分とは何か」とか「何のために生きるのか」みたいな考えても答えの見つからない命題を考え続けているのだ。こっち側の人間になってはいけない。わかってはいても、もう考え続けるしかないのだ。

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4/22 22:16 風邪で死んでる

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文頭に引いた「目は魂の窓である~」的な文章はこのリコーのキャッチと通じるものがあるなと思った。世界は魂(自分自身)の写し絵。