『珈琲時間』考

 「人がいつ死んでしまうかわからない」と正直に感じる人は、大抵どこか壊れている。
普通の世界は、そういう「虚無」というものを隠蔽するために、仕事したり、恋をしたり、家族を持ったり、夢中になったり、空気を読んだり、旗をふったり、戦争したり、僕らは大騒ぎして生きているのだ。「空気に合わせて楽しく生きる」というのは、世界の虚無を隠蔽する陽気なお祭り騒ぎだ。
でも、一部の人は、自分の心に対してそういう隠蔽をスルのが下手だ。
そういう人は、みんなが盛り上がっている瞬間に、ふと世界に醒めてしまう。そして、その世界に醒めていること自体を必死で隠そうとする。糖衣が剥がれてしまった苦い薬を、甘いままであるようなふりをしてしゃぶり続ける。


「珈琲時間」より引用

 

珈琲時間 (アフタヌーンコミックス)

珈琲時間 (アフタヌーンコミックス)

 

 

 

 電車移動中に読んだ。

"ガーーーーーーーン"と衝撃を受けた。

やっぱり人間として生きていくよりもヒトとして生活した方が"楽"だし"単純(簡単)"で"正しい"のかもしれない、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


でもしかし。人生は無意味だ、たかだか人間が一人生きていることに意味なんてない。恋人を作ることもお金を稼ぐことも誰かを幸せにすることにさえ、何の価値も無い。あらゆる経験から生じる苦痛も悦びも、それらに対する反応も、全てこの底無しの虚無に吸い込まれていくのだ。それでも。それでも、生きなくては。生きる意味なんてなくても生きていかなくちゃいけないなら、覚悟を決めて、その無限の無意味を生きる以外の選択肢はあり得ないだろうが。自分の人生ごときに価値や意味を求めるから不幸が生まれるんだ。クソが、

 

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4/21 金曜 20:24

同じ著者の「アンダーカレント」は、そういう世界の隠蔽ができないままに、それでもグダグダとなんとなく、飄々と生きる主人公の姿を描いてみせた驚異的な物語だった。またしばらくしたら読み返そう。

 

アンダーカレント  アフタヌーンKCDX

アンダーカレント アフタヌーンKCDX