完甘美の空腹

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人間本来の暮らし

「街を捨てて自然と共生する人間本来の暮らしに還ろう」的な話あるけど、考えてみれば人間には寒さを凌ぐ毛皮も外敵から身を守る牙も俊足もないからこそ身を寄せ合って集団を社会を形成してきんだから、集団や社会の中で生活するのが人間本来の暮らしだよね。エコもロハスも所詮は人間様の驕りですよ、

 (僕のTwitterより)

個人的に会心の140字だったのでこちらにも。

そもそも僕はその系統を専攻しているのでこんなことを言うとゼミ教授から殺されそうですが、まあそれは置いておくとして。つまるところ、僕を含めて人間は自分本位なので、とことん自分が何をしたいのか、何を求めているのかを突き詰めていくのが正解なのだと思います。それも最初から正解の道なんてなくて、選んだ道を正解にしていく。これが唯一の解法ですよ。それが「美味しいご飯を食べたい」とか「見たことのない世界を旅したい」とか「誰かと幸せに暮らしたい」とかでも、別に何でもいいんだよね。結局は。その上僕なんかは「自分がこうだと信じることに対して、他人から何かを言われたくらいで揺らぐような信念(信仰)を持って(して)いるから、そんなにも簡単に他人に心を侵されるんだ」とも思ってしまっているので何とも言えないし言うべきですらないと思ってる。いや、365日こんな思考で過ごしてたらそれはさすがに人間辞めてるから、たまに、です。たまに。

本当だよ。

 

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10/15 22:47

ちなみに余談ですが「獣(ケモノ)」は元々、「毛物(ケモノ)」から来ているみたいです。毛のある生物だから毛物、ケモノ、獣。言葉って面白い。

横浜駅前で酒と飯

ここ3年くらい横浜で仕事をしていたので横浜駅前、みなとみらい、元町中華街、関内にある飲食店には足繁く通っていました。今度職場が変わるっぽいのでこの機会に書き留めておこうかなと。エリア別に3記事くらいにする予定です。

という訳で横浜駅編。

 

・海鮮なら「魚寅」

横浜駅前で海鮮なら迷わずココ。本店は北西口なんだけど、僕がよく行っていたのは南西口(交番と相鉄線改札がある方)にある方でそっちも魚寅だったけど最近魚寅食堂にリニューアル(?)して、一品300円~みたいな形式になってしまってから本店にしか行ってないです。本店は24時を回っても営業しているので使いやすいです。めっちゃヘビロテしました。

魚寅食堂 (うおとらしょくどう) - 横浜/居酒屋 [食べログ]

↑これが南西口にある魚寅食堂。地下にあるとこ。まあ1軒目ですね。

 

・横浜でイタリアンと言えば「横浜チーズカフェ」

横浜駅前で一番混んでるイタリアンはチーズカフェなんじゃないですかね?混み合う金土日は予約しないとまず素直には入れないです。名前の通りチーズ推しのお店なのでチーズを食べましょう。横浜駅前周辺に2店舗構えていて、本店より2号店の「チーズカフェ2」の方が席数が多いのでどうしても行きたいならそっち行けばいいかなと。本店はL.O.が23:00で雰囲気も大人っぽくてイイ感じです。ちなみにラブホ街のど真ん中にあるので並んでいるとカップルから居た堪れない目で見られます。それが嫌な人は2号店へ。

チーズカフェ2は職場から歩いて数分だったのでランチで相当お世話になりました。もちろんディナーもいけます。席数が多い分、本店よりは若干騒がしいですが気になりません。相手次第で選びましょう。オススメ。

 

・ガッツリ鶏肉を食べよう「一鶴

骨付鳥 一鶴 -IKKAKU-:横浜西口店 -基本情報-

[食べログ]アクセスが制限されています

香川名物骨付き鶏が横浜駅前で食べられます。言わずもがな骨付き鶏がメチャクチャに美味しい。親鳥と雛鳥が選べて、始めては雛、2回目に親を食べるのがおすすめです。横浜駅前周辺で働いている人は誰しも一回は来たことがあるんじゃないかな?まあそれくらい有名です。これも1軒目に使うガヤガヤ系です。

 

・ハマ横丁ではしご酒「GRILL&WINE ヤミツキ」

なんかよくわからない店で(そもそもハマ横丁には意味不明な店しかない)、よくある居酒屋メニューに加えて焼き鳥・ピザ・カプレーゼ・ソーセージ盛り合わせとか、ドリンクもビールワインカクテルなんでもござれみたいな雑食飲み屋さん。本店曰くイタリアンバルらしいです。たまにふらっと寄るとミニコンサートとかやってて楽しいところ。ノスタルジックな雰囲気がまた良い感じです。17時ー19時はハッピーアワーで、生ビールと泡が200円、ハイボールやワインと○○ハイ系が100円。神。ハマ横丁で飲むならココか「PARTY ANIMALZ」。あとショーレストランの「MARIN ROCKET」も楽しいです。

 

・同じ名前でも趣が全く違う「ワインバー ヤミツキ」

[食べログ]アクセスが制限されています

↑リンクが上手く貼れてませんがちゃんと見れます。横浜駅地下にある隠れワインバー。「えっこんなところにこんな洒落たお店あったの?!」って感じ。狭い入口と渋い階段を抜けると静かで暗めなワインバー。店内もまあ狭い。イタリアン系の料理とワインが素晴らしく美味しいです。昭和な雰囲気が最高。1階は立ち飲みなので待ち合わせに、2階は座れるカウンターになってるので2、3軒目にどうぞ。おすすめ。

 

・たまにはメキシコ料理でも「EL TORITO」

エルトリートです。東口のスカイビル28階に入ってる。個室ないけどラテンな雰囲気が好きでたまに行ってた。ナチョスと牛肉ステーキがうんまい。うまいとかおいしいじゃなくて、うんまい。

 

・新鮮かつ旬な牡蠣が楽しめる「Kinkawooka」

横浜で美味しい生牡蠣食べるならココ。ちょうど10/13-10/24に生牡蠣半額キャンペーンやってるので誰か行きましょ?!今が旬の真牡蠣食べたくないですか?僕はめっっっちゃ食べたいです。そこそこ駅から歩くけど店内席とテラス席のどちらもゆったり広めで素晴らしい。牡蠣といえばそごうの「GUMBO&OYSTER BAR」もあるけど、内装はキンカウーカの方が断然好み。ご飯メイン→ガンボ、牡蠣と酒メイン→キンカウーカって感じかな。牡蠣を浴びるほど食べたい人は駅前の「かき小屋」へどうぞ。

 

・個室で夜景が素晴らしい「クルーズ・クルーズYOKOHAMA」

ビュッフェとクルーズ船のイメージが強いクルーズクルーズ。実はランチがかなりイケてる。スカイビル27階なので景色は言わずもがな、ぜひ個室でディナーを。5~6人の同窓会とかにはぴったしじゃないかなと。個人的にはランチ推しです。

 

・高級寿司食べ放題「祭雛」

祭雛 ヨドバシ横浜店 (【旧店名】雛鮨) - 横浜/寿司 [食べログ]

それなりに値段は張るけど「高級寿司食べ放題」です。食べる価値は十二分にある。僕は回転ずしだと普段7~10皿でお腹いっぱいになりますが、それでも元は取れます。回らない寿司を食べましょう。あと他に寿司だと「すし玉」ですかね。どっちか選ぶなら「祭雛」だけど。

 

・カジュアルイタリアン「Trattoria BICOLORE Yokohama」

トラットリア(イタリア語で“食堂”の意味)なので気軽に入ることのできるイタリアン。こういうお店に対して敷居が高く感じるのは食事マナーの心配と大人の雰囲気が原因だと思うけど、ナイフとフォークが使えて最低限のドレスコードが身に付いていれば大丈夫。あとお酒(ワイン)が嗜めれば確実に楽しいです。こういうマナーが重要視される特別な場所っていうのは、料理やお酒だけじゃない場の雰囲気や相手との話やすさもサービスに含まれているから、客側にもそれなりの特別(マナー)を求められる。それでもやっぱり、特別な人とは特別な時間を過ごしたいのだから、当然と言えば当然。特別な人と行くならココ。何でも美味しいです、ぜひ予約して特別な時間を過ごしましょう。オススメ。

 

・ピザなら「Trattoria&Pizzeria LOGIC」

あの「LOGiC」。美味しいピザを複数人でワイワイ食べるなら絶対にココ。意外とリーズナブルな値段設定なのでコスパ高い。席数多いし23時くらいまで営業してるので使い勝手がいい。6~8人だと個室が使えるのでぜひ。春先だと窓側の席から見える桜並木が美しいです。どうしてもピザがメインになりがちですが、ウェイティングバー的な落ち着いた雰囲気のバーも併設されているのでシチュエーションに合わせて使えます。ドルチェのティラミスがお気に入り。

 

・オサカナとワインのイタリアンバル「オサカナバル IL MARE(イルマーレ)」

内装が超好みで大好き。1人では入りずらい、でも人には教えたくないでもっといっぱい行きたいのにあまり行けてない。名前がオサカナバルなので海鮮中心のメニューかと思いきや、肉も野菜も充実しているので飽きない。たくさんの種類のワインを置いているのでサーラの人に料理に合うものを聞くのがいいでしょう。アクアパッツァが最高最高最高です。まあ1軒目かな。お洒落かつ居心地良いつまり最高。通称ドブビュー(ドブ川ビュー)と言われる、横浜屈指のドブ川景色が窓側の席から楽しめます。なので窓側は避けましょう。オススメ。

 

・予約が難しい有名店「CAMBUSA」

料理も接客もすべてのサービスがハイレベルなカンブーザ。ランチとディナーでそれぞれ1回しか行ったことないけど、100点満点のところをサラッと100点で決めてくれる素晴らしいイタリアン。ピザ、パスタ、ワイン、ドルチェは外しません、ズドンとど真ん中のストレートです。とりあえずライトにランチから入るのが無難かな。個室はないけど雰囲気メチャ良い。1つレベルの高いイタリアンに行きたいならココ。

 

 

とりあえずこんなところですかね。横浜駅前ってイイ感じの飲食店が少ないってイメージだったけど、挙げてみると思いの外に出るもんです。今はもう無くなっちゃったけど、横浜ビブレ前のおでん屋台とか好きだったなあ、あのダイエーで売ってるおでんセットを手前で煮込みましたっていう雑な感じが横浜っぽくて。あと書くまでもないから書かなかったけど横浜駅前はラーメン屋いっぱいあります。僕はラーメンそこまで好きじゃないんでアレですけど、横浜には家系の総本山「吉村家」を筆頭とした家系ラーメン、有名どころのチェーン店なら「一蘭」、「一風堂」、「天下一品」があります。あと今度激辛ラーメン「中本」が新しくオープンしますね。他によく使ってたのは西口ドンキ正面の「はなまるうどん」とか。ダイエーの前にいつもいるケバブの移動販売もしょっちゅう食べたなあ。東口にある「MR.waffle」は帰りがけに何度も寄った。

とまあ、横浜の思い出に浸る回でした。本当は他にもオススメのところはあるんですけど、教えるのを渋るくらいには惜しいので直接聞いてください。

 

美味しいご飯を食べましょう。

A good life comes from eating good food.

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 10/14 11:13

3,800字程度しか文量ないのにこの記事書くの2時間弱もかかったので次は書かないかも。要望あれば書くけど望み薄。

アイデンティティ

アイデンティティという言葉を知っているだろうか。要は「自分という人間は何者なのか」という問いなのだが、これが問われ始めたのは近代以降の「人間」の再発見がされ始めてからだと言われている。「いやいや嘘つけ、絶対昔の人だって絶対迷っていたに違いない」と僕個人は頑なに信じているけれど、おそらくその悩みを語り、あるいは残す術を前近代までの庶民は落ち合わせていなかったことは、今日に残されているものを見れば明らかだ。何だってこの僕たちでさえ、アイデンティティなどという掴みどころのない、しかし何とも僕たちに親和する言葉がなければ、自己存在の同一性の不在について言葉を通わせて認識することは叶わないかもしれないのだ。という訳で、今回は僕個人の目線からみたアイデンティティについて。です。

そもそも「アイデンティティ」なる言葉は、エリク・H・エリクソンという心理学者が考えたらしい。その言葉を考察し、現在の「アイデンティティ」の意味を世間一般に広めるきっかけになった人としてもそこそこに有名。もしその系統に興味を持っている人であれば彼のライフサイクル論を知っているかもしれない。僕も名前だけは知っていたが、その考えに触れたのはほんのつい最近のこと。彼の思想は、常に「アクチュアル」な事実と理論とを行き来して作られている、と日本人の同分野の某教授は指摘しているが、とても説得力のある言説のように思う。日本語で「アイデンティティ」を「自己同一性」や「猶予期間」と言われたようが、あるいはぐぐったところで、その言葉の本来的な意味は全く当を得ていないのに、誰しもが感覚的にすんなりと理解できてしまう。実際、アイデンティティはとりわけ非常に広い意味を持っていると某教授は解説しており、一言で定義できる単語でないのは確かだ。僕の考える文章中では、もう少しやわらかい、「自分が自分であると成り得る軸」くらいに解釈してほしい。いわゆる普通の人たちが感じている「アイデンティティ」に対する語感の全てが「アイデンティティ」の本来的な意味に内包されている、と考えて間違いない。と思う。

ときに、前置きで800字超も書くせいで文章が長くなるというのはともかく。例えば「あなたはどんな人ですか(あなたは誰)?」と聞かれたのならば、何をどう返すだろう。僕ならまず「名」を名乗り、大学名学部学年を返し、所属するサークルを語る。次に出身地、出身校、居住地、くらいにまで話が運べばそれなりにきちんとした自己紹介だろう。次に趣味、中高時代の部活、共通の友人くらいまで話が進むこともある。他にも好きな音楽、ファッション、有名人、本、興味分野、食べ物にも話が及ぶかもしれない。「僕」の表面だけをなぞるようでもどかしい、「自己」紹介の実態はこんなところだろう。

「世界とは”事実”の総体であり、”もの”の総体ではない。」

論理哲学論考ウィトゲンシュタイン

「世界とは事実の総体」というウィトゲンシュタインの有名な命題があるが、これを改変して『自己とは、「私」に関する事実の総体である」』と解釈すれば、上述した自己紹介を細部に切り込ませると、いずれ「自己」は論理によって解体できることになる。論考と同じ流れを辿れば、どうせ「語りえないもの」に「沈黙」しなければこの論理は完成しないだろう。しかし、「自己」が「ある程度の所属」のような「私」に関する事実で解体可能なことは明白だ。

さて、「~は明白だ」という説を論証したのならば、それに対して逆説を立てるのもまた筋だ。他者にとっての「僕像」は、「ドコ大学のアレが好きなナニさん」くらいで定立できるかもしれないが、「僕」における「僕」にとっての「僕像」はそうもいかないのだ。人間の細胞は6年で総入れ替えされるらしい。ならば、端的に言ってしまうと今日の僕と6年前の僕はほとんどすべてにおいて異質ということになる。もっと言えば、今この瞬間も僕の何かが入れ替わっている訳だから、常に僕は変化しているだろう。高校であれこれ喚き散らして叫んでいた6年前の自分と、またもや夜更けにこんな文章を自分でも半ば呆れつつも繙いている自分が、同じ「僕」だとはにわかに信じがたい。そういう意味では、僕は間違いなく変化し続けているのだ。

また、僕にとっての「僕」像というのは、場所によって、あるいは場面によってももちろん変化している。高校で叫んでいた僕と、彼女に萎らしく叱られていた僕と、部長としてみんなを取りまとめていた僕と、一人で文章を書き散らしている僕は間違いなく違う。あるいは、友人との関係にしても、相手が男女どちらであるか、いつからの知り合いであるか、相手はどういう人であるかによってももちろん、「僕」を使い分けている。僕が普段引っさげているこの「顔」だって相手によって、その日の睡眠時間によって、加齢によって、絶えず変化し続けている。変化しないものは、それこそ僕に関する今までの事実くらいなものなのだ*1

アイデンティティ」という概念は、何も「過去から今までの自己同一性」だけではなく、「今から未来にかけての蓋然的な自己同一性」をも内包する(たしか)全く不確定な未来において、身近なところで言えば明日の僕について、蓋然的に「ある」と仮定できなければアイデンティティは担保されない。これまでの思考を辿れば、アイデンティティに関する問題は、世間的に語られるようなモラトリアム期に限った問題ではないと言えるだろう。

なんだか収拾がつかなくなってきたが、つまり何が言いたいのかというと、僕がこれまでどうあって、今どうであっていて、明日、1年後、5年後、10年後どうあろうとも、それは同じ「僕」であるということは自他共におそらく確かだ。アイデンティティは、それらを貫く一意のものにはきっと限定されない。アイデンティティは、様々な時間的、空間的階層においてある一定の「僕」をとりまとめ、同一化させてくれる概念だろう。例えば、昨日の僕と今の僕を統一するアイデンティティもあるだろうし、友人の面前での僕と一人の時の僕を統一するアイデンティティもあるだろう。

今日、アイデンティティは確立されない、喪失されたとまで言われる。定立しない一意の、完全なアイデンティティなんてものは存在しなくて当たり前なのに、皆それを求めるからこそもがき、肯定化思想のもとに実を結ばせようとする。僕たちに与えられる物語が細分化し、個別化していけばいくほど、僕たちは、大きな思想(物語)への思慕を隠せないようになり、その一方で個別的かつ排他的なアイデンティティに自己を集約させようと足掻いている。これについては、もっと多くの、様々なアイデンティティの在り方を認識・理解することができれば、もう少し生きやすくなるかもしれない。もちろん、真摯な同一性に全力でもたれかかる、という気楽さはとても良いものだと思ってしまうけれど。

 

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10/11 4:53

自己と自我と私を区別して書かないと心理学界隈に惨殺されるので、働かない頭を無理矢理稼働させて文章を書くのはそれなりに骨が折れる。ただ、

kikuno-mure.hatenablog.com

美しい文章に触れてしまったからには、扇動されてしまったからには。何か形にして残すべきだろう。人を動かすものはきっと良いものに違いないのだから。さあ寝よう。

*1:過去の事実がどこに「在る」のかは省くとして