完甘美の空腹

relish the beauty, sweet, perfect

製本のお知らせとアンケートのお願い

これは、はてなブログ『完甘美の空腹』から抜粋、加筆・修正、更に体裁を整えて本にしたものが“欲しい”人を対象にしたアンケートです。

このアンケートは匿名での回答になります。
アンケートは全6問、選択式(一部記述)です。

アンケートの目的は、

・製作するとして、何部くらい作ればいいのかを知りたい
・そもそも作る必要がないならそれも知りたい

です。

なので、欲しい方は最初の項目をぽちっと押して頂くだけで十分です。
なお、残りの5問は任意となっております。 

つきましてはアンケートのご協力をお願い致し〼。

エコツーリズムを考える

 

はじめに

観光は産業の一形態であり、世界中が国を挙げて国際市場の成功を目指す分野である。
なぜなら、観光産業とは、
① 目に見えない輸出産業として、諸外国から外貨を直接稼ぎ出す産業であり、
② 交通、宿泊施設などの地域の社会的インフラ*1の整備を伴い、国内の観光需要を満たすことはもちろん、直接観光業に携わらない地元住民にも様々の便宜を提供するものだから、である。

しかし、全世界が競合する産業である以上そこには熾烈な競争が存在し、加えて何よりもこの産業に後から参入した者には当然の不利な状況がある。その状況には経済的、政治的、社会的、文化的に様々な要素が考えられるが、不利な条件のなかでも特に大きなものは、新たなインフラ整備のための資金調達以上に既存の観光体系を後追いする立場にある。つまり、どのような観光資源を、どのような方法で、観光客である顧客に消費させるかという商業戦略は顧客を世界中から獲得する以上、世界で流行している既存の観光体系への追随を求められるということである。

ただし、売るものが普通の商品ではなく「観光」であるため、この商品の特殊性に由来する利点も無論存在する。続く第一節で詳しく後述するが、観光とは「自国に無い珍しい異国の風景や遺跡や異国情緒を味わうためのもの」であるから、後から市場に参入したとしても、その「今までになかった目新しさ」によってその魅力を訴えることができる。また、観光客は訪ねた地域の自然や遺跡、珍しい食べ物やショッピングに魅力を感じる。しかし、その魅力を生み出すのはその国や地域の文化とその文化を熟成させてきた地元の人々の生活感情そのものである。ゲストとして観光客を迎えてくれるホストである現地の人々、ホテルや航空会社で働く人々以上に、町や村で出会う一般の生活人、お店の店員、タクシーの運転手、市場のおばさん、そういった人々との草の根交流こそが美しい景色や美味しい食べ物と一緒に喜びをもたらし、心を新たにふるさとへ戻してくれるのだ。

日本民俗学の父と呼ばれる柳田國男*2曰く、「美しい村を作るのではなく、良い村が美しい村なのだ」らしい。観光立国のために美しい国やまちや村を作ろうという。しかし、そこに住んで生活している人々にとって良い村であれば、当然そこは美しい村に違いないのである。地元の人が住みやすい村であり誇りを持ってお客を呼びたいと思うような村であれば、そのような地に足の着いた盤石の文化の背景が保たれているのだから地域の個性を放った観光地であり続けるはずである。

観光事業は交通や観光・宿泊施設の建設を伴い、国を挙げての政治的な国内事業の企画であると共に、国際社会からの経済援助や外国資本の投入とも関係する国際的事業である。主に観光の対象にされるのは、地元の自然環境である風景であり、自然の懐に抱かれた先人によって建造された文化遺産である訳なのだが、南極や北極、ヒマラヤの山頂や熱砂の砂漠のように人々が付近で生活を営んでこなかった場所でない限り、自然環境と言えども人類社会の文化の営みと無縁ではありえなかったのである。古代から人類は、大地、森や山、川、湖沼や海からの自然の恵みを資源として生存を確保し、地域の生態系に適応した生活を営んできた。しかし、人類が他の動植物たちと違うのは集団としての社会を組織し、法や制度を定め、単純な技術から高度な科学や倫理・哲学・芸術等の精神世界に至るまでの、広義の「文化」を工夫してきたことである。この人類文化によって私たち人類は今まで生き延びてきた。そして今やその技術、科学、文化の限りなき発展の末に地球環境の有限性に気づかされている。

さて、この新規参入の事業を成功させるためには一体何が必要だろうか。そして、先行の観光立国を目指している諸国を目標に、成長していくためには何を見習うべきなのだろうか。或いは先行者に行き詰まりや失敗があったとしたら、そこから何を学ぶべきだろうか。それら先行の観光体系をはじめとする具体的な事業展開の様々な手法を先ず検討することから出発するとしても、果たしてその手法が自分たちにとっても最善であるかどうかはわからない。自らの地域には最適なやり方の可能性があるのかもしれない。

そのような可能性には様々な側面があるが、ここでは観光の現場である地域の特性に視点を定めて、自然景観も文化遺産も、地域に生活する人々の社会が作り上げてきた歴史と文化に由来するのだということを念頭に出発していく。これからの観光の在り方を考え直し、地域の環境を守りつつ経済効果を図れるような観光の可能性を検討していきたい。

 

 

1.観光と観光資源の関係

1-1.「観光」とは何か

(1)観光の語源

「観光」という言葉を英語で表記すると、「sightseeing」となる。これは、直訳すると「景色を観る」であり、観光の要素は含まれるが、今日の「観光」という言葉が意味するものは「sightseeing」だけではない。

江戸時代末期、日本に「tourism(ツーリズム)」という言葉が伝わった。この言葉が「観光」の英語表記というのは間違いであり、この「tourism」が入ってきた頃、当時の日本人が日本語に置き換えた言葉が「観光」である。すなわち、観光の語源は英語の「tourism」である。その日本語として、中国の古典『易経』の中の「觀國之光、利用賓于王(国の光を観るは、用て王に賓たるに利ろし)」という文章を参考にして作られたのだ。国の光である政治、文化、風俗などの様子を観察し、よく治まっていることを観ること。それにより、王の人徳を知ること。そしてその国がよく治まって光輝が観られたならば王の賓客として迎えられ、仕えるのが相応しい、と解されている。後にここから転じ、「観光」は他所の歴史、文化、風俗、文化などの国の光を見聞する、という意味で使われるようになった。

この「観光之光」の「観」という文字を国語辞典で引くと、「観る」という意味の他に「示す」という意味がある。この「観る」という意味は国の光を観るということであり、観るためには国の光があるところに移動する必要がある。そしてその場所で泊まる、買い物をする、食べる、遊ぶ、学ぶなど、何かしらの行動を伴う。これを「観光者」と呼ぶ。つまり、「示す(=観せる)」ということは、示させていただく(観ていただく)ということになるから、国の光に行動していただくとはすなわち、泊まっていただく、買っていただく、食べていただく、遊んでいただく、学んでいただくなどの行動をすることである。

観光者が観光行動を取ると、受け入れ側は観光者を「観光客」として温かく迎え入れ、手厚くもてなす。そこにはおもてなしの心、すなわちホスピタリティ(hospitality)精神が発揮され、観光者の生き甲斐づくりを支援することになる*3

ゆえに「sightseeing」という英語は、「観光」という日本語のごく一部を表しているに過ぎない。また、「観光」のことを「travel for pleasure」であるとする言説もあるが、これは日本語に翻訳するのと「観光」の一面的な見方である「tourism」を表現していると考えられる。つまり、「tourism」という言葉は「観光」の片一方の面からしか捉えていないことになるため、英語で「観光」を表記する場合には「tourism and hospitality」が適当でろう。なお、現代的な意味での「観光」という言葉が使われ始め、定着していったのは大正年間以降だと言われている*4

 

(2)観光の定義

「観光」とは、他所の土地を視察すること。またその風光を見物すること、保養、遊覧などの慰楽的な目的をもって旅行することを指す。或いは、自己の自由時間の中で、干渉、知識、体験、活動、休養、参加、精神の鼓舞など、生活の変化を求める人間の基本的欲求を充足せんとするための行為のうちで日常生活圏を離れ、異なった自然、未知なる文化等の環境の下で行おうとする一連の行動を指す。観光者を「観光客」として受け入れする側はホスピタリティ精神を発揮し、「国の光」を磨くほか、観光事業やボランティア活動をすることによって、経済的・精神的対価を得る。そして、その諸々の活動は、地域の経済や文化などに様々な効果をもたらし、知己の活性化に繋がるものである。ただ、現代では交通網が発達しており、加えてグローバル化により非日常圏は日に日に広がっているため、その範囲をどう捉えるかは非常に難しい。

観光を行う主体のことを「観光者」と呼び、受け入れ側は観光者のことを「観光客」として迎え入れる。観光者の多様な欲求を喚起し、充足させてくれる対象のことを「観光対象」と呼ぶ。この観光行動を起こすことによって、様々な観光効果が生じる。(1)で述べている「国の光」というものは、言い換えてみれば「観光対象」であり、「国の光」とは、ヒト、モノ、歴史、芸術、文化、技術、技能、情報、ノウハウなど、諸々の「観光資源」のことである。

 

1-2.世界遺産

(1)「世界遺産」とは何か

世界遺産」とは、人類が歴史に残した偉大な文明の証明ともいえる遺跡や文化的な価値の高い建造物、そしてこの地球上から失われてはならない貴重な自然環境を保護・保全することにより、私たち人類の共通の財産を後世に継承していくことを目的に1972年11月にユネスコ総会で採択された「世界の文化遺産および自然遺産の保護に関する条約」に基づく世界遺産リストに登録されている物件のことである。

この「世界遺産」という考え方が生まれたのは、エジプトのナイル川にあるアスワン・ハイ・ダムの建設計画で、1959年に水没の危機にさらされたアブ・シンベル神殿やイシス神殿などのヌビア遺跡群の救済問題である。この時、ユネスコが遺跡の保護を世界に呼びかけ、多くの国々の協力により移築したことが始まりである。また、ユネスコが1972年に人間と生物圏計画を発足させたことにより、国際的に自然保護運動の機運が高まったことも契機になった。

このように人類共通の遺跡を国家、民俗、人種、宗教を超えて国際的に協力し合い、保護・保全することの必要性から生まれた概念が「世界遺産」である。

また世界遺産とは、ユネスコ世界遺産リストに登録されている世界的に顕著な普遍的価値を持つ遺跡、建造物群、記念物、そして自然環境など、国家や民族を超えて未来世代に引き継いでいくべき人類共通のかけがえのない地球が造形した自然遺産や、人類が創造した文化遺産である。世界遺産条約を締約している締約国から推薦された物件は世界遺産委員会の審議を経て世界遺産に登録される。また、各締約国の拠出した世界遺産基金から必要に応じて保護活動に対する国際援助が行われる。

こうした世界遺産に対する考え方の根底には、自然遺産や文化遺産はその国やその国の民族だけのものではなく、地球に住む私たち一人ひとりにとってもかけがえのない宝物であり、その保護・保全は人類共通の課題である。

世界遺産は、単にユネスコ世界遺産に登録され国際的な認知を受けることだけが目的ではなく、顕著な普遍的価値を持つ自然遺産や文化遺産の損傷の脅威から守るため、その重要性を広く世界に呼びかけ、保護・保全のための国際協力を推し進めていくことが世界遺産の基本的な考え方である*5

 

1-3.世界遺産の種類

(1)自然遺産

無生物、生物の生成物、または生成物群からなる特徴のある自然の地域で、鑑賞上、または学術上、顕著な普遍的価値を有するもの、そして地質学的、または地形学的な形成物および脅威にさらされている動物、または植物の種の生息地、自生地として区域が明確に定められている地域で、学術上、保存上、景観上、顕著な普遍性を有するものと定義することができる。例えば日本における自然遺産登録は、北海道にある知床、青森県秋田県をまたぐ白神山地、東京都に属する小笠原諸島、そして鹿児島県の海上にある屋久島の4件である。

なお、自然遺産には以下4つの登録基準がある。

① 類例を見ない自然の美しさ、或いは美的重要性をもった優れた自然現象、或いはその地域。
② 生命進化の記録、重要な進行中の地質学的・地形形成過程或いは重要な地形学的自然地理学的特徴を含む地球の歴史の主要な段階を代表する顕著な見本。
③ 陸上・淡水域・沿岸・海洋の生態系や生物群集の進化発展において重要な進行中の生態学的、生物学的過程を代表する顕著な見本。
④ 学術的、保全的観点からみて、優れた普遍的価値をもち、絶滅の恐れのある種を含む、野生状態における生物の多様性の保全にとって、特に重要な自然の生息生育地を含むもの。

 上記の登録基準の内容からも分かる通り、生態系、生物種、種内など生物多様性保全との関わりから生物多様性条約、とりわけ水鳥の生息地として国際的に重要な湿地に関するラムサール条約、絶滅の恐れのある野生動植物の種の保護を目的とするワシントン条約などとも関連がある。

 

(2)文化遺産

 歴史上、芸術上、または学術上、顕著な普遍的価値を有する記念物、建築物群、記念的意義を有する彫刻及び絵画、考古学的な性質及び構造物、金石文、洞穴居並びにこれらの物件の組み合わせで、歴史的、芸術上、または学術上、顕著な普遍的価値を有するものと定義することができる。

日本における文化遺産は、法隆寺地域の仏教建造物、姫路城、古都京都の文化財白川郷・五箇山の合掌造り集落原爆ドーム厳島神社古都奈良の文化財日光の社寺琉球王国のグスク及び関連遺産群紀伊山地の霊場と参詣道石見銀山遺跡とその文化的景観、平泉(仏国土)を表す建築・庭園及び考古学的遺跡群、富士山、富岡製糸場と絹産業遺産群明治日本の産業革命遺産ル・コルビュジエの建築作品、「神宿る島」宗像・沖ノ島と関連遺産群長崎と天草地方の潜伏キリシタン関連遺産の18件であり、平成30年6月30日、バーレーンの首都マナーマで開催された第42回世界遺産委員会において長崎と天草地方の潜伏キリシタン関連遺産世界遺産文化遺産に登録された。

なお、文化遺産の登録基準は以下の6つである。

① 人類の創造的才能を表す傑作(エジプトのピラミッド、法隆寺、姫路城など)。
② 建築、科学技術、記念碑、都市計画、景観設計の発展委重要な影響を与え、ある期間に亘る価値観の交流又はある文化県内での価値観の交流を示すもの(ローマ歴史地区、古都奈良の文化財古都京都の文化財など)。
③ 現存する、または消滅した文化的伝統、または文明の、唯一の、少なくとも稀な証拠となるもの(アンコールの遺跡群、琉球王国のグスク及び関連遺産群など)。
④ 歴史上の重要な段階を物語る建築物、その集合体、科学技術の集合体、或いは景観を代表する顕著な見本(ハンザ同盟都市リューベックケベック歴史地区など)。
⑤ ある一つの、または複数の文化を特徴付けるような伝統的居住形態、もしくは陸上・海上の土地利用形態を代表する顕著な見本。或いは、人類と環境の触れ合いを代表する顕著な見本(アルベロベッロのトゥルッリ白川郷・五箇山の合掌造り集落など)。
⑥ 顕著な普遍的価値を有する出来事、現存する伝統、思想、信仰、芸術的作品、或いは文学作品と直接または名実的に関連があるもの(ニューヨークの自由の女神像原爆ドーム紀伊山地の霊場と参詣道など)。

 

(3)複合遺産

自然遺産と文化遺産の両方の要件を満たしている物件を指す。最初から複合遺産として登録される場合と、はじめに自然遺産、或いは文化遺産として登録され、その後にもう一方の遺産としても評価されて複合遺産に登録される場合がある。なお、これまでに文化遺産845件、自然遺産209件、両者の複合遺産38件の計1092件が登録されている。

世界遺産条約の大きな特徴は、それまで対立するものと考えられてきた自然と文化を相互に依存したものと考え、共に保護していくことにある。それは、自然遺産と文化遺産の両方の価値を併せ持った、この「複合遺産」という考え方にも反映されている。

世界遺産リストに掲載されるためには、上記の基準のうち、少なくとも1つを満たし、顕著な普遍的価値を証明しなければならない。各、①~④、文化遺産であれば①~⑥のうち、1つ以上を満たすことでそれぞれ文化遺産、自然遺産と呼ばれ、両方の基準を満たすものは複合遺産と呼ばれる。

 

 1-4.世界遺産条約

(1)世界遺産条約とは

正式な条約名は「世界の文化遺産及び自然遺産の保護に関する条約」であり、世界の貴重な自然遺産、文化遺産を保護・保全し、次世代に継承しようとの目的から、1972年に国際連合の教育科学文化機関であるユネスコ総会で世界遺産条約が採択された。1972年11月16日にユネスコのパリ本部で開催された第17回ユネスコ総会において満場一致で採択、のち1975年12月17日から発効している。

自然遺産及び文化遺産を人類全体のための世界遺産として損傷、破壊などの脅威から保護し、保存することが重要であるとの視点から、国際協力及び援助体制の確立を目的とした多数国間の国際条約で、条約締約国は2018年の第42回世界遺産委員会終了時点で193か国である。我が国は、1992年6月19日に世界遺産条約を国会で承認、同年6月26日に受諾の閣議決定、6月30日に受諾書寄託、9月30日に発効し、新たな締約国として参加している。

世界遺産条約の全文は、前文、①文化遺産及び自然遺産の定義、②文化遺産及び自然遺産の国内的及び国際的保護、③世界の文化遺産及び背自然遺産の保護の為の政府間委員会、④世界の文化遺産及び自然遺産の保護の為の基金、⑤国際援助の条件および態様、⑥教育事業計画、⑦報告、⑧最終条項、の合計8章から構成されている。

世界遺産の締約国は、自国内に存在する世界遺産を保護・保全する義務を認識し、最善を尽くす。また、他国内に存在する世界遺産についても、保護に協力することが国際社会全体の義務であることを認識する。また、自国民が世界遺産を評価し尊重することを強化するための教育・広報活動に努めるなどの債務*6がある。

世界遺産条約は毎年、新たな物件を世界遺産リストに登録していくことが究極の目的ではない。地球と人類の脅威からこれら物件を保護・保全し救済、修復していくのが本来の趣旨のはずであり、危機にさらされている世界遺産を救済していくことこそが、その本旨だと考えられる。また、世界遺産条約を締約していない国*7と地域にも、世界遺産リストに登録されている物件に匹敵する素晴らしい物件は数多く存在する。これらの中には、危機にさらされている世界遺産同様、干ばつなどの災害や民族紛争や領土問題等により、深刻な危機に直面している物件も数多くあることを忘れてはいけない。

また、今後これら物件をどのように扱い、どのように保護・保全していくのか、世界遺産や危機にさらされている世界遺産*8への登録手続きの迅速化などが課題として挙げられる。

 

1-5.世界遺産登録

世界遺産登録は、地域の資源を観光資源としてブランド化・観光化する効果的な方法である。登録された地域の日常は一転し、非日常のまなざしを強く浴びるようになる。その結果、多くの観光客が訪れる観光地となり、地域経済に大きな利益をもたらすのである。

観光という近代化現象によって世界遺産が商品化されていく過程で、次第に死の遺産としてその顕著な普遍的価値を失っていくことが懸念されている。観光ビジネスは多くの近代的な輸送技術や宿泊業等の進展を伴い、大量の観光客を観光地に送り込むことが可能なシステムとして確立された。そのため世界遺産の本来的な意義である「後世に継承するべき資源の保護・保存」が皮肉にも観光という近代化現象による商品化によって消費され尽し、後世に残すべき資源が陳腐化するという危険性が出始めたのだ。こうした指摘は様々に議論され、「観光公害」として問題視されたこともある。表面的にはごみ問題、騒音問題、景観問題などの諸社会問題として表出するため、そうした減少を食い止める政府や自治体による政策が導入されることになるだろう。しかし、問題の本質は「世界遺産登録」というブランド化が「観光」という近代化現象を引き起こし、その結果商品経済の導入を促進し、消費の対象としての速度をますます加速させることだということを自覚的に捉えていくことだと考えられよう。

観光客の増加により、地域住民の中では土産物屋や食事処など所謂「観光業」を営む人々が出現し始める。「世界遺産」という商品を観光客に販売することで成り立つ観光ビジネスはこうした触れ合いを前提としているからだ。そのことに対して外部から世界遺産としての価値を問う声は大きく、世界遺産の価値を損なうものであり、観光客の流通を規制すべきなどの声を上げても根治的な問題解決には至らない。

世界遺産観光の賞味期限は、テレビやインターネット等のメディアにおけるコンテンツとしての鮮度が高いうちであり、その間は高い集客性を見込めるが、観光資源としての世界遺産そのものが提供過剰となり、目新しさに欠けるようになると集客力は地元が期待するほどにもならないこともあり得る。世界遺産の価値はそれを大切に想う人々によって共有化されるべきであり、こうした観光形態にシフトしていくことが重要な視点となる。幸い、地元では観光客との関わり方としてヘリテージツーリズムやエコツーリズムの方向性を模索する動きが出てきている。同時に観光による諸課題も、交通制御の社会実験などを通じて地域内部から解消していく動きも見られる。外部との活発な交流による弊害を観光公害として問題視する段階ではなく、それを超える関係づくりの方向を模索することこそが実りのある議論ではないだろうか。

 

 

2.エコツーリズム

2-1.エコツーリズムの歴史

(1)エコツーリズムの誕生

21世紀を間近に控えた頃から、「近代化*9(modernization)」の達成したことへの反省の機運が高まってきた。地球環境の有限性に私たちは気づき、今こそ未来の地球のために、人類の知恵と技術が求められる21世紀を迎えた。人類の生活の質の向上に向けて様々な開発が行われてきたが、そのために多くの地球環境が破壊されてしまった。それゆえに、これからの開発は、環境保全に配慮した持続可能な開発が求められることとなった。

今までの発展途上国に対して、様々な経済援助を行ってきた諸国もNGO団体も、従来の開発援助が必ずしも対象地域の地元住民の生活を経済的にも文化的にも潤すとは限らなかった事実に気付き始めた。実際、地元住民の生活の向上を願う意図に反して、彼らの生業を支えた自然環境を破壊した挙句、彼らを都市のスラムに追いやってしまう社会経済的問題を引き起こしたのだ。更に、森や海の動植物を絶滅の危機にさらす結果になったり、何よりも水や大気の汚染や森林破壊やオゾン層破壊による地球温暖化や海水面上昇といった、様々な環境問題を地球中に拡散させることとなった。

観光開発も開発の一形態である。ここに、エコツーリズム(ecotourism)の概念が登場する。しかも、経済開発と環境の保全という矛盾を解消する一つの手段として環境との共生を目指す観光が脚光を浴び始めると同時に、開発援助の対象プロジェクトとしてもエコツーリズムが期待され始めたのである。

エコツーリズムの誕生は1972年にスウェーデンで開催された世界で初めての大規模な政府間会合であるストックホルム会議に象徴される、たった一つの地球、すなわち「宇宙船地球号(Only One Earth)」を維持すること*10の重要性への気づきが土台となっている。同時的に中南米を旅するツーリストが傷つけない旅をしようと「エコツアー(ecotour)」という用語を遣い始め、それらがやがてエコツーリズムというismを伴った新語に発展していった。

「持続可能な開発(Sustainable Development)」という概念は1980年に国際自然保護連合(IUCN)、世界自然保護基金(WWF)、国連環境計画(UNEP)の三者合同で著した『世界環境保全戦略』において提唱され、世界的に広まった。また、1982年にIUCNが開催した第3回世界国立公園保護地域会議で国立公園における自然保護の資金調達機能としてエコツーリズムの概念が提起され、第4回会議(1992年)ではエコツーリズムの育成を含む自然保護の為の幅広い勧告が採択された。日本のエコツーリズムは、海外で生まれたこのキーワードを「輸入」する形でスタートした。環境庁(現在の環境省の前身)や自然保護団体など環境に関する国際的な動きに近い人々は、既にこの動きを知っていたことだろう。しかし、当時の日本の観光の舞台にエコツーリズムが登場するまでにはまだまだ間があった。

1980年代の日本の観光は、大衆観光(マスツーリズム)の全盛期であった。1987年に成立した総合保養地整備法(通称「リゾート法」)とその後数年続いたリゾート開発ブーム、そして各地域も観光業界もバブル経済謳歌しようと躍起になっていた時期である。バブル崩壊とともにリゾート狂想曲が終焉を迎え、改めて観光を見直したとき、エコツーリズムは新時代の概念としてそこに存在していたのである。

 

(2)日本におけるエコツーリズムの歴史区分

日本にエコツーリズムが上陸してから現在までの歴史経過は、①黎明期、②調査研究期、③実践期、④課題提起期、⑤全国展開期の5期に区分することができる*11
この時期区分は必ずしも年代と対応しておらず、「段階」のようなものであるが、ここでは敢えて年代で区分して、日本におけるエコツーリズムの歴史を辿ってみる。

① 黎明期(1980年代後半)
言葉としての「エコツーリズム」の輸入が始まった時期である。先に述べたIUCNなどの国際機関においてエコツーリズムの概念の定期、議論、研究が行われ、日本からも参加者があったが、国内では普及していない。のちに日本最初のエコツーリズム推進団体と考えられるようになった小笠原ホエールウォッチング協会がこの時期設立されているが(1989年)、「エコツーリズム」自体を認識してのことではなかった。

② 調査研究期(1990年代前半)
環境庁や自然保護協会などを通じて言葉としてのエコツーリズムが紹介されるようになって間もないこの時期は、主に調査や研究が行われた。1990年度から約3ヶ月にわたって環境庁(当時)が国立公園の利用の在り方を探るため「環境保全型自然体験活動推進方策検討調査」の名称で知床、奥日光、八丈島西表島屋久島の5地域を対象とする調査事業を実施した。西表国立公園は、エコツーリズムを導入する第1号フィールドにしようという考えのもと住民ヒアリングによる資源調査を実施し、1992年には日本環境教育フォーラム(JEEF)がエコツーリズム研究会を立ち上げた他、「エコツーリズムとは何か」をメイントピックに据えて数年にわたって勉強会を続けた。日本自然保護協会(NACS-J)は地域の観光事業者やツーリストに向けたガイドラインの研究を行い、1994年に『エコツーリズムガイドライン』を出版。旅行業界でもエコツーリズムへのアプローチが始まっており、日本旅行業協会(YNAC)は「地球にやさしい旅人宣言」を1993年に発表した。この時期の実践例としては屋久島での屋久島野外活動総合センターの設立(1993年)、西表島エコツーリズム協会雪質準備会発足(1994年)等が挙げられる。YNACの設立は奇しくも1993年の世界自然遺産指定と同年になり、屋久島をエコツアーの一大拠点に育て、多くのガイド業者を生むこととなった。

③ 実践期(1990年代後半)
この時期には、早期に実践へと踏み切った屋久島や小笠原、西表島の活動を研究してきた各地でエコツーリズム協会が設立されるようになった。1998年にはエコツーリズム推進協議会(JES、のちのNPO法人日本エコツーリズム協会)や北海道のエコツーリズムを考える会などが設立された。なおJESは以後各地で全国大会を開催し、全国にエコツーリズムを普及する礎となった。

④ 課題提起期(2000年代前半)
1990年代後半までに設立された各地の団体やガイドが実践を初めて数年が経ち、実践上の課題が提起されるようになった時期である。インタープリテーション技術*12の向上や資金確保、ガイド業の継続性、地域とガイドの軋轢など様々な課題が提起され解決策が議論された。

⑤ 全国展開期(2000年代後半~)
2003年度に環境省が設けた「エコツーリズム推進会議」とそれに続くモデル事業三ヶ年計画を大きなきっかけとして、全国でエコツーリズムに対する関心と取り組みが一気に進んだ。これまではエコツーリズムに取り組む地域は小笠原や西表島屋久島、北海道のような典型的な自然地域であったが、この会議をきっかけとして所謂既存観光地や里地里山など、これまでエコツーリズムと無縁であった地域が関心を持ち始め、導入を図るようになった。2007年6月には「エコツーリズム推進法」が制定され、2009年に埼玉県飯能市が認定第一号となった。その後、2012年6月に沖縄県渡嘉敷村座間味村が特定自然観光資源の指定のある全体構想として第二号に認定された。

 

 2-2.「エコツーリズム」とは何か

 (1)エコツーリズムの語義的な定義

エコツーリズムは、「エコ」と「ツーリズム」を組み合わせた合成語である。エコはエコシステム(生態系、ecosystem)またはエコロジー(自然環境、ecology)のエコであり、ツーリズムは観光旅行、観光事業を意味するtourismである。しかし、本章第一部の冒頭で述べたように、エコツーリズムという言葉よりも先に行動としての「エコツアー」が行われていたため、概念に言葉を与えたようなものであるから、語義からエコツーリズムの意味の発祥を辿ることにさほど大きな意味はない。

「エコツアー」という言葉を考案したツーリストたち*13は、できるだけ環境に対して負荷をかけずに旅行することを目指した。それ以前は、キャンプに出掛けたら周囲の樹木を伐って薪とし、ごみが出たら「穴を掘って埋める」のが常識だった*14彼らは、少人数で移動し、ごみを持ち帰り、燃料を持参するスタイルを提唱し、そのような旅人をエコツーリストと名付けた。旅人の意識改革を起こしたのである。1970年代は、ベトナム戦争のさなかにあってアメリカではヒッピーブームを迎え、ストックホルムでは国連人間環境会議が開催されたころである。大自然の前に人間活動を改めようという理念が生まれた時代であった。

 

 (2)自然保護の立場におけるエコツーリズム

だが、熱帯地方の自然保護地域などのように、豊かな自然資源を持ちながら経済的貧困のために十分な資源の保全を図ることができず、資源の切り売りに生計を委ねざるを得ない地域は数多い。東アフリカの国立公園では、地域経済を支える産業を開発できず、公園や周辺に生息する大型獣(ライオンやサイ、ゾウ、トラなど)を狩猟し、皮や象牙を販売したり、高価なハンティング・ツアーを手引きしたりすることで日々を凌がざるを得なかった。生活のための手段が自然保護を脅かす。この問題を解決する手段として、1980年代初頭に自然保護の立場から提唱されたのが「エコツーリズム」であった。マラウイジンバブエ等では、野生動物を殺さずに見る観光(サファリツアー)が、大型獣の保護と地域経済の両立を図る自然保護政策として導入された。ビジネスである観光事業を自然保護に活用するという考え方である。

WWFではこの観点からエコツーリズムを次のように定義している。

エコツーリズムとは、①保護地域のための資金を作り出し、②地域社会の雇用を創出し、③環境教育を提供することにより、自然保護に貢献する自然志向型の「観光」である。”

Boo(1990)“Ecotourism: The Potentials and the Pitfalls. World Wildlife Fund.” より筆者翻訳。

 

 (3)観光事業の立場におけるエコツーリズム

観光業界でも、1985年における世界観光機関(UNWTO)と国連環境計画(UNEP)による「観光の権利に関する宣言、並びに観光規範」等により、観光事業が訪問先の地域の自然や文化の保全に責任があることの自覚が促された。国際機関に所属する各国の観光業界団体等には、いち早くその情報が伝えられている。

なお、アメリカ旅行業界団体ではエコツーリズムについて次のような文言で所属団体に伝達している。

エコツーリズムは、環境との調和を重視した旅行、すなわち野生の自然そのものや環境を破壊せずに自然や文化を楽しむことを目的としている。”

国際観光振興会企画調査部監修(1992)『海外及び日本におけるエコツーリズム(環境と調和した観光)の現状』(財)国際観光サービスセンターより引用。

自然保護団体によるエコツーリズムの定義と表現が異なっているのは、その普及対象が自然保護の担い手ではなく観光事業者だからである。事業者にとっては、エコツーリズムも彼ら自身や業界にとってのビジネスの手段でなければ取り組む理由がない。だが、観光事業者にとって地域資源保全と維持は、彼ら自身のビジネスの持続のために不可欠な前提条件なのである。

 

 (4)観光者の立場におけるエコツーリズム

エコツーリズム」にとっての消費者は観光者である。観光客が参加して現地にお金を落とすことでエコツーリズムの仕組みは動き出す。自然保護団体や観光業界団体の中でエコツーリズムが話題に上る場合は「考え方(ism)」が適当であるが、その理念を形にしたツアーに観光客が魅力を感じるかどうかは「商品」の質が物を言い、観光客が商品を買わなければ「エコツーリズム」は絵に描いた餅でしかない。「エコツーリズム」という考え方に基づく「エコツアー」がどのようなプログラムを持つのか。早い時期からエコツアー会社を営み、自身もエコツーリズム研究者であるInternational Expeditions社(マレーシア)のリチャード・ライエルは、1989年にエコツアーについて次のように定義している。

“その地域の文化及び環境を作り上げてきたNatural Historyに対する理解を生み、生態系を損なわないことへの配慮を強調するという明確な目的を持った、自然地域への旅であり、その経済効果によってその原生的な環境の保全に貢献するものである。”

国立公園協会・日本エコツーリズム協会(1993)『自然体験活動推進方策検討調査報告書』より引用。

この定義の中では、自然への理解を深めるという点と経済効果によって原生的な環境保全に貢献するという点が強調されている。少人数でなければならないといった行動条件については触れていないが、上記2点を実現しようとしたとき、自ずと伝えるべき内容や行動形態はコントロールされていき、結果的に環境教育的な内容をもった少人数で環境に負荷を与えない形で行うツアー形態に収斂されていく。誰もが満足できる平均的な内容に留め、多人数に対応しようとするマスツーリズムとは異なる。

 

(5)地域振興の立場におけるエコツーリズム

エコツーリズムの特徴は、観光事業者や観光客などの利用する側へのサービスに目的を置くのではなく、あくまでも地域資源の持続的な保全と利用を究極の目標に置いている点にある。そのための手段として、観光を通じた地域振興という手法を採用しているのである。例えば西表島では、「保全」そのものが地域振興の目標と重なっている。

西表島におけるエコツーリズム資源調査の結果から、環境省は1992年に、日本におけるエコツーリズムを次のように定義した。

“世界的にも稀なほどに多様な自然を有する我が国の各地域固有の自然と、その中で生活する地域住民と自然との関わりから生まれた文化資源について、それらとの接し方を含めてガイドを提供し、旅行者が地域の自然・文化への深い理解を得るとともに、自然保護意識の高揚や人間形成を図ることができるような旅行。さらに、その活動による環境に対する影響を最小限に留め、かつその収益が地域の環境保護のために貢献する仕組みをもつ旅行。”

国立公園協会・自然環境研究センター(1992)『平成4年度環境保全型自然体験活動推進事業報告書』より引用。

 

(6)エコツーリズムが目指すもの

日本全国へのエコツーリズムの普及を目指して1998年に設立されたエコツーリズム推進協議会は、以上を踏まえて1999年にエコツーリズムをこのように定義している。

エコツーリズムとは、①自然・歴史・文化など地域固有の資源を生かした観光を成立させること。②観光によってそれらの資源が損なわれることがないよう、適切な管理に基づく保護・保全を図ること。③地域資源の健全な存続による地域経済への波及効果が実現することを狙いとする、資源の保護+観光業の成立+地域振興の融合をめざす観光の考え方である。それにより、旅行者に魅力的な地域資源との触れ合いの機会が永続的に提供され、地域の暮らしが安定し、資源が守られていくことを目的する。

付記

〈上記エコツーリズムの概念を定義付けするにあたっての考え方〉

① エコツアーとは、こういったエコツーリズムの考え方に基づいて実践されるツアーの一形態である。
エコツーリズムの健全な推進を図るためには旅行者、地域住民、観光業者、研究者、行政の五つの立場の人々の協力がバランス良く保たれることが不可欠である。
③ 環境の保全を図りながら観光資源としての魅力を享受し、地域への関心を深め理解を高めてもらう手段としてのプログラムがつくられるべきであり、地域・自然・文化と旅行者の仲介者(インタープリテーションの能力を持ったガイド)が望ましい。”

エコツーリズム推進協議会(1999)『エコツーリズムの世紀へ』より引用。

 この定義の下敷きとなり、この概念を図で表したものが「エコツーリズムトライアングル」である。

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(海津ゆりえ(2011)『エコツーリズムとは何か』を参考に筆者作成)

エコツーリズムはこの図に示した3つの辺が美しい正三角形を描いたときに理想的な姿となる。3つの辺を要素分解すると、この三角形を支えるために何が必要か、またエコツーリズムの裾野がいかに広いかが浮かび上がってくる。

 

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(海津ゆりえ(2011)『エコツーリズムとは何か』を参考に筆者作成)

エコツーリズムとは、このように多面的な要素を結ぶ一つの理念である。自然保護、観光振興、地域振興など、アプローチの異なる彫刻家が、それぞれの使い慣れた道具を使って一つのオブジェを作り上げるようなものだ。様々な表現があるのは、各々がエコツーリズムの考え方を咀嚼しやすい形に噛み砕いたことの表れである。

 

(7)観光史におけるエコツーリズム

「観光はその時代を映し出す鏡のようなもの」とよく言われる。エコツーリズムを観光史の中に位置づけると、どうなるだろうか。先述したように、エコツーリズムはマスツーリズムブームへの流れを変えるものとして現れたと言えよう。それまでの大量層客・大量消費に基盤を置くスタイルから、地域の個性、観光客の志向など「個」を基本単位として観光客と訪問先を結ぶスタイルへの大きなパラダイムシフトを促した。いわば増すツーリズムを主流としたときの「もう一つの観光(オルタナティブ・ツーリズム)」として登場したのである。

エコツアーは個の志向に基づく「スペシャル・インタレスト・ツアー(SIT)」に分類される。そして環境保全に責任を持ち(リスポンシブル・ツーリズム)、箱物や整備されたレジャー施設に依存しないタイプのツーリズムである。

体験の対象は地域のよって様々であるが、世界自然遺産や国立公園などのように専ら自然遺産をベースとするツアー(ネイチャーツーリズム)、里地里山里海のように地域の生活や農林漁業などの生業を体験するツアー(ルーラルツーリズム、グリーンツーリズム、ブルーツーリズム、フォレストツーリズムなど)、集落がビジネスとして取り組む生活観光(コミュニティベースドツーリズム)もあり、ときにはアドベンチャーツーリズムの生活が強いものまで存在する。

里地里山里海では地元学の普及などにより、各地で小さな手作りエコツアーが生まれている。観光政策ではエコツーリズムをヘルスツーリズム等と合わせて「ニューツーリズム」の一つのタイプと位置づけ、インバウンドの目玉にしようとしている。しかし、エコツーリズムは、そのような「タイプ」に分類されるものではない。

 

(8)サスティナブル・ツーリズム

1992年にリオデジャネイロ(ブラジル)で開催された国連環境開発会議の中心テーマは「持続可能な開発」であった。この会議は、1980年に発表された“Our Common Future”で提唱された“Sustainable Development”という概念を世界的に普及させるきっかけを作り、アジェンダ21を通じて世界各国や各産業界に対し持続可能な方法で開発を進めることを求めた。とりわけ世界規模の産業である観光業界に対しては10年度の2002年を国際エコツーリズム年とし、エコツーリズム推進に大きな飛躍を促した。このことがきっかけとなり、「エコツーリズム」はより包括的な概念である「サスティナブル・ツーリズム」に括られることが多くなっている。観光学を専攻するWeaver(グリフィス大学教授)は、エコツーリズムとサスティナブル・ツーリズムの関係を以下のように表している。

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(David Weaver(2001)”Ecotourism in the Context of Other Tourism Types”を参考に筆者作成)

観光事業者側から見れば、資源の維持は観光事業の持続性を支える必須条件である。サスティナブル・ツーリズムは、自然環境だけでなく都市観光やレジャー等の分野にも適用できる広い概念だと言えるため、必ずしもエコツーリズムとイコールではない。両者の関係は今後整理が必要だが、マスツーリズムのエコ化を進めていく重要なキーワードとして注目されている。

また、国連世界観光機関(UNWTO)はサスティナブル・ツーリズムを次のように定義している。

“持続可能な観光開発の指針と管理の実践は、マスツーリズムや様々なニッチマーケット向けの観光を含む、あらゆるタイプの旅行目的地におけるいかなる形態の観光にも適用することができる。

持続可能性の原理は、観光の発展における環境、経済、社会文化の側面に関わっている。永続的な持続可能性を担保するためには、これら3つの次元の間に適切なバランスが保たれている必要がある。したがって、持続可能な観光には、以下の3要素が求められる。

① 環境資源を最適に利用しなければならない。
② ホスト・コミュニティの社会文化的真正性を尊重しなければならない。
③長期間にわたり存続可能な経済活動を保証しなければならない。”

World Tourism Organization(2004)“Indicators of Sustainable Development for Tourism Destinations: a Guidebook”より筆者翻訳。

 

2-2.エコツーリズムとエコツアー

(1)エコツーリズムとエコツアーの違い

エコツーリズムとエコツアーの2語はしばしば混同して用いられている。この差異について簡単に説明するならば「理念化、商品化の違い」とでも答えるのがいいだろう。この表現はわかりやすく、エコツアーはツアー商品であり、ツーリストが購入できるものだが、エコツーリズムは考え方であり、売ったり買ったりできるものではない。前者に直接関わるのは観光客と観光事業者だが、後者は行政や自然保護団体、住民や観光事業者など多種多様な人材が直接。間接的に関わることで賄われる社会運営のシステムであり、エコツアーの存在基盤である。

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(筆者作成)

 

(2)エコツーリズムの基本原則

第一節二部の「世界遺産」で指摘したように、観光地において効率的な資源配分が達成されない、或いは観光資源である自然環境の減少・劣化が生じるという「観光地の悲劇」に陥らず、持続可能な観光であるためには、2つの問題点を考慮しなければならない。

1つ目は、観光地では、外部不経済が生じるために価格メカニズムが機能せず、社会全体の利益が最大化されない「市場の失敗」の問題に直面する。これは、観光資源が利用者間で競合的な関係にある(ある者の利用によって他の者の利用がしにくくなる)一方で、観光資源は、誰しもが利用することができる公共財であるためである。観光地では、誰しもが自由に利用することができるために、観光客が増加してくると、各観光客の利用は、相互に負の影響を与え合う(外部費用が発生する)状況に陥る*15

2つ目に、観光資源が自然資源の場合、その持続可能性についても配慮しなければならない。自然資源が持続可能に利用されるためには、その利用水準を自然資源の持つ環境容量*16の範囲内に抑える必要がある。しかし、たびたび観光地では、その環境容量を超えて再生不可能になるほどに観光資源が利用され、観光資源の枯渇や衰退を招いている。

以上のように、市場の失敗を回避し、かつ観光資源の持続可能な利用と管理を実現するためには、利用者間での利害関係を調整するような管理・運営が求められる。それでは、どのような管理・運営が望ましいのであろうか。公共政策の観点からは、一つは政府の介入が求められる。具体的な施策としては産業規制や観光客の数量規制のような直接規制*17、或いは税金や補助金のようなインセンティブ規制が挙げられる。しかし、エコツーリズムが持続可能な事業であるためには、政府による介入だけでは十分ではなく、地域コミュニティによる管理・運営への「参加」も必要であるという見解も示されている。

その中で、地域コミュニティもアクターとして含めた管理・運営の下でエコツーリズムが目指すべき施策を原則としてまとめている。

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(薮田雅弘・伊佐良次(2007)『エコツーリズムと地域発展:理論から実証へ』を参考に筆者作成)

 

2-3.エコツーリズムが守るもの

エコツーリズムは資源の持続的利用、すなわち保全が大前提である。それでは保全とは一体どういうことなのか、本節ではその「しくみ」について述べる。

 

(1)エコツーリズムにおける「資源」

各地域のエコツーリズムを支え発展させる基盤となる「資源」とは何であろうか。単純に「自然環境」と答えるだけで十分なのだろうか。新たな時代の観光概念であるエコツーリズムには、現代社会の様々な要請が反映されるため、それをいかにとらえるかは論者の立脚点によって少しずつ異なっている。しかしながら、エコツーリズムに関する定義や解説をみると、概ね以下の3点は共通して盛り込まれている。

① 地域の自然環境、社会環境に対して低負荷であること
② 地域の自然や文化、社会と深く触れ合うことを楽しむ観光であること
③ 地域の振興や活性化に対して、精神面、経済面で貢献すること
の3点である。

域外からの来訪者に対して、地域の自然や歴史、文化に関わる情報*18を適切に伝えることで魅力を提供し、そして地域としても、域外者の来訪による収入原資として地域の環境管理が促進され資源性の保全や工場に役立てるとともに、地域住民も地域の自然や歴史、文化に対する理解が深まり、地域に対する誇りや帰属意識が高まる。つまり、エコツーリズムとは、こうした循環型の地域運営・管理システムに他ならないことが理解される。

そしてエコツーリズムが注目され関心を集める背景には、上記の枠組みからも理解されるように、観光志向の変化とそれに伴う資源の変化があると言える。近代において大きな展開を見た周遊観光(物見遊山型観光)においては、非日常的な風景・景観が資源の中心であり、自然環境でも人為の加わらない原生自然が求められた。しかしながら、現在では単に非日常的な体験を求めるだけでなく、新たな自己や新たな生活を実現するための体験が求められる傾向が強くなり、地域の自然や歴史や文化とのより深い触れ合いが求められるようになってきた。つまり、自己実現への欲求を背景として自然と人々との関わりが歴史の過程で醸成した風景や生活文化を楽しむ傾向が強くなってきているのである。したがってエコツーリズムにおいては、自然環境や生態系の営みに触れることやその仕組みについて詳しくすることも重要であるが、それだけに留まらず、自然環境と人々とがいかに触れ合ってきたのかを知ることも大きな魅力の一つとなっている。

エコツーリズム」という言葉からは、優れた原生自然こそが資源であるようにイメージされがちであるが、人と自然との触れ合いが形成した二次的な資源環境や地域の生活文化も重要な資源であることが理解される。そして、これら地域の暮らしと関わりの深い文化的な資源を持続的に保全していくためには、自然環境と地域の人々との良好な関係を維持していくことが重要な課題となる。つまり、エコツーリズムでは人為の排除を基本として保護を促す原生自然環境と適切な人為の促進を環境保全の基本とする二次的自然環境の両者を資源としており、地域の自然環境を適切に管理するという概念のもと、人と自然との良好な関係を構築することが重要な課題であると言えよう。

 

(2)資源の管理・育成の内在化

これまで、自然環境は自然性が高い原生自然状態であることが良しとされ、できる限り人為を加えないよう、また影響を極力抑えるよう管理していくことが基本とされてきた。そして、エコツーリズムでも自然環境への負荷を極力小さく抑えることが謳われている。しかしながら一方で、自然環境との触れ合いを通して自然環境への認識や理解を深めることも求められ、自然との賢いつき合い方の模索が課題となっている。

人が自然環境の中に入ることを前提とすれば、いくら負荷を小さく抑えると言っても「ゼロ」にすることはできず、何らかの負荷がかかることは避けられない。人が訪れれば、必ずゴミや屎尿、踏圧、気配をはじめ少なからぬ地域環境への負荷が生じる。利用による影響を極力小さく抑えることも重要であるが、このように自然環境に対して人々の利用や接触を想定するのであれば、小さいながらも必ず自然環境への負荷がかかることを前提とし、その影響の程度を的確に把握しながら回復していく手段を組み込んだ動的な管理システムを構築する方が現実的ではないだろうか。

人と自然との共生、つまり人間が自然環境と関わっていくことを前提とする限り、「自然環境の保護」とは、原生自然環境であってまた二次的自然環境であっても現状を動的に維持していく管理システムを想定する方が実効性は高いと考えられている。人が訪れることによる環境負荷を前提とした上で、地域環境の資源性を維持したり高めたりする仕組みと連動させることがポイントとなろう。このようにエコツーリズムと周遊型観光を中心とした近代ツーリズムとの差異は、単に滞在・滞留型である。或いはガイドが同行するといった形式的側面に留まらず、資源である地域の自然的·文化的環境を保全しその資源性を高める仕組みを内在させるという点にあると考えている。周遊観光では資源は優れたものとして先天的に存在しており、資源性を顕現させるための到達手段や鑑賞施設を整えることが観光であるとの認識が強かった。資源性を高めたり、育てたり、管理したりといった発想は希薄だったと言えよう。基本的に資源とは優れたものであり、手を付けずに保護していけばよいという考え方である。二次的自然のように、人と自然とが適切に触れ合うことが資源性の維持、或いはそれを高めるという発想は新しい時代の観光概念なのだ。

 

(3)動的な管理における仕組みのイメージ

こうした自然環境や地域社会への負荷や関与を前提として、動的な維持管理システムを構築するとすれば、資源の状態を的確に把握するためのモニタリングが大変重要な鍵を握っている。常時地域環境への負荷状態を把握しておき、看過すべきではない影響や負荷が判明した場合には、地域環境の状態を原状に修復・再生するという作業を繰り返しながら資源性を保全していくという考え方である。

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環境省(2004)『エコツーリズム ー さあ、はじめよう!』を参考に筆者作成)

資源性の維持・保全に関しては、原生自然の場合、植生回復に象徴されるように人為による影響を排除することで原状回復するのに対し、二次的自然環境やその他の文化資源に関しては、むしろ環境に対する人為を促進することで原状回復を進めるという全く異なった方針で取り組むことになる。ただいずれにせよ自然環境への影響を、できる限り小さい段階で把握し、資源性を修復・再生していくことが重要であり、短いインターバルでの頻度の高いモニタリングが必要となる。そのためには定点において、定期的に専門技術者による調査を実施することが重要であるが、それには大きな労力と費用が必要となり、高い頻度を期待することはできない。したがって、より日常的な活動として、日々の利用活動の中でモニタリングを進める方法についても検討する必要がある。

その際にまず考えられるのは、利用指導を行うガイド、或いは頻度高く利用する周辺住民等が日常的な活動の中で自に気を配り、小さな異常を報告し合う「参加型モニタリング」の仕組みである。そして参加者によって報告されたモニターが有効に活用されるためには、チェック項目の明確化や、報告された情報を共有する仕組み、そしてストックされた情報を専門家が定期的にチェックするシステムなどを検討しておく必要がある。特に、チェック項目については事前に十分な検討が必要であることは言うまでもなく、ただ漫然と歩きながら得た情報を何でも報告するという形ではかえって混乱するし、実施者としても何を見ればよいのかわからない。減少すること、或いは増加すること、侵入することでその場の自然環境の状態が認識できるような指標種の検討、地域の自然環境の状態を把握するうえで効率的なモニタリングスポットの設定は最低限検討が必要な課題である。このようにモニタリング自身にも構造化が求められ、システムとして動かしていく必要がある。

 

(4)動的な管理を支えるための財源

こうしたモニタリングをはじめとする自然環境の持続的な維持管理システムを構築し動かしていくためには、費用と労力が必要になることも十分に認識しておく必要がある。少なくとも、自然環境を修復・再生する際にはそのための材料、作業、技術の全てをボランティアに任せて、無料で実行することは不可能であろう。システムを動かしていくための継続的な財源の確保が必要である。これら自然環境の管理は、従来、その財源を公的機関が直接担ったり、或いは地域の第一次産業や人々の生活を通して実施されてきた。しかしながら、林業に象徴されるように第一次産業の不振や、行政の緊縮財政傾向の中で、新たな予算費目の確保がなかなか難しくなっており、従来からの財源だけに頼るのではなく、独自の財源についても検討していく必要がある。新たな管理システムを動かすとなれば新たな資金も必要であり、そうした観点から注目されているのが「環境(保全・整備)協力金」である。エコツーリズムにおいては、来訪者は地域の景観をはじめ、自然的、社会的環境を楽しむ。そこで単に宿泊や飲食、ガイドといった直接的サービスへの対価を支払うだけでなく、地域の資源性を保全し向上させるための費用に対しても協力してもらおうという考え方である。

当然旅行費用の総額は高くなる訳で、観光客からは敬遠されると思われがちであるが、環境の保全·管理に対する社会の認識は十分な説明と抵抗感の少ない徵収方法があれば協力を仰ぐことができる時代になっている。この環境保全のための協力金に対する認識は徐々に普及しつつあり、各地で検討されたり、また実施されているケースも少なくない。ガイドによるツアー料金や旅行パッケージ代に組み込まれたり、駐車場、或いは可能な場合にはゲートでの徴収等が試みられている。

エコツーリズムでは地域の自然環境、農林地、居住エリア、これらすべての場や景観が資源であり、料理や工芸、祭り等を含む地域環境の保全・管理は地域全体の課題として官民が協働して取り組んでいく必要がある。また社会の価値観や要請は十分に成熟してきており、新たな財源の可能性も広がってきている。地域の人々、そして地域を訪れる観光者もがシステムイメージを共有しつつ、エコツーリズムを総合的に促進していくことが重要であると考えられよう。

 

 

3.エコツーリズムの課題

本稿のテーマであるエコツーリズム、その原点はツーリズムを活用した自然保護運動であったと考えられる。都市民が求める「自然」とは、原生的であればあるほど人を惹きつけ、また人との交わりによって傷つけられやすく脆い。そうした自然に対し、立ち入りを規制し、柵を造って護るのが当たり前と考えられていた時代に、エコツーリズム提唱者たちは、むしろ訪問者にきちんと管理された方法でその対象へのアクセスを許し、その生態や魅力を正しく理解させるべきである、と唱えた。インタープリターガイドによりその価値を深く理解した訪問者は、その自然の大切さに気付き、またその保護・管理に必要な経済的な支援にも手を差し伸べる。先進諸国や都市における、こうした体験と実践に基づく自然保護思想の拡大こそ、エコツーリズムの目指したものだったのではないだろうか。

文化遺産保護の世界においても、この四半世紀の間にツーリズム開発をめぐる様々な議論があった。その結果として1999年のICOMOS国際文化観光検証は、遺産は保護するだけでは守れず、訪問者がその正しい意味と重要性(significance)を理解できるよう、遺産に対して積極的にアクセスできる管理手法をとるべきである、と述べている。遺産保護に大衆レベルでの高いか認識と指示が無い限り、政策的にも資金的にも保護し続けることはできないという重要な結論に至ったのである。これは、「遺産と訪問者(ツーリスト)の関係制御」から、「遺産とローカルコミュニティ(ホスト)と訪問者(ゲスト)の関係構築」へと、遺産マネジメントの概念に大きなパラダイムシフトが起こったことを示している。

こうした視点から見ると、エコツーリズムこそ、未来の世界に自然文化の多様性を損なわずに継承していくための普遍的なツーリズム開発モデルと言えないだろうか。エコツーリズムも近年はその対象を地域の歴史や文化、民俗にまで裾野を広げてきているが、むしろ文化遺産観光(ヘリテージツーリズム)の側からエコツーリズムの理念と仕組みを導入すべき時代が来ている、と考えられる。
しかし、ここには当然懸念も存在する。それは、様々な現場に展開するうち、エコツーリズムの理念が揺らいできてはいないか、ということである。「打ち出の小槌」と誤解して受け容れられた地域は失望するのも早い。本質を見失わないようにモデルを適用し、焦らず地域ごとの固有解を見出していくことこそが重要ではないだろうか。

 

3-1.ラオスの事例:ルアンパバーン旧市街、世界遺産都市

(1)文化遺産としての歴史都市・伝統的集落が直面する課題

歴史都市や伝統的集落の保存は易しいが、継承・更新は難しい。すなわち、歴史的建造物を文化財として指定、或いは登録し、単体としてこれを物理的に凍結保存することは法的にも技術的にも困難なことではない。しかしながら、これまで引き継いできた歴史的建造物を、常に生きている状態で維持・管理・更新していくことは極めて難しいのが現状である。建造物が文化財として指定されると、どうしてもその建造物のみが保存の対象として注目される。そして通常、建築学や土地計画の専門家によって、厳格な保存計画が作成される。しかしこうした保存計画の中で、建造物を生み出す背景となった風土や自然環境、そして建造物を維持・更新していくための地域社会の伝統と知恵などについて触れられることはほとんどない。歴史都市・伝統集落の保存に関わる従来の議論の限界はここにある。

 

(2)背景及び問題点

筆者が2017年3月上旬に訪れたラオス北部に位置する世界遺産都市・ルアンパバーン旧市街地においても、こうした問題は極めて深刻である。

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(撮影日:2017年3月9日)ルアンパバーン旧市街。

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(撮影日:2017年3月9日)ルアンパバーン旧市街。仏領インドシナ時代の植民地建造物と伝統的建造物とが、同じ街並みの中で見事に調和している。

ルアンパバーン県はラオス北部に位置しており、11の郡と911の村からなる人口約365,000人の地域である。その中の南西部に位置する県一の大きな町がルアンパバーンの町で、首都ビエンチャンから230km北に位置し、人口約65,000人が居住している。この町は,1995年にUNESCOの世界文化遺産地域に指定されて以来、年間60,000人以上の観光客が訪れ、近年さらに増加を続けている。ルアンパバーンの町は多様性に富んだ自然環境及び、住民の暮らしを含めた町並み全体がラオスとフランスの伝統文化の融合の重要な経緯を表しているという点で、世界文化遺産としての価値を認められている。

ラオス北部は山岳地帯が広がっており、ルアンパバーンをはじめとした国道沿いのいくつかの街を除いた大部分は道路のアクセスが無い地域で、河川がなお重要な交通手段となっている。人口の大部分は農業に依存しており、山岳地帯に散在する村民たちは焼き畑農業を行ってきたが、近年人口の増加に伴って焼き畑による山林の破壊が進み、政府によって焼き畑が制限されるようになった。これによって焼き畑農業に依存してきた村民は村での生活が困難になり、ルアンパバーン市街への人口流入が顕著になっている。しかし、街へ出て来てもそうした人々が生活していくのは困難で、市街に貧困地域が形成されつつあるのが現状である。更に、世界文化遺産地域に登録された後も観光客の増加は著しく、1990年半ばには年間5万人から6万人だったルアンパバーンへの旅行者は1998年には8万人に増え、UNESCO(2003)の推定によるとラオスへの旅行者は年々増え続け、現在はラオスへの旅行者のうち85%がルアンパバーンを訪れるとされている。90年代後半からはルアンパバーンにおける観光客増加に対応するために急速なインフラ整備が進められた。特に世界文化遺産登録後には数々の国際機関および国際ドナーが宿泊施設、道路建設を含めた公共施設整備などの開発事業を奨励し、建設ラッシュが邁進されている。これらの急速な事業の中には十分なフィジビリティスタディを行わずに進められた道路建設事業もあり、現在、住民に使用されていないばかりではなく道路建設によりってアンパバーンの環境保護にために重要であるとされる湿地帯の破壊、さらには非伝統的な用水路建設のために水の流れが滞り、水質を悪化させるなど周辺の環境破壊にまで及んでいるケースも報告されている。

 

(3) 文化遺産保全におけるエコツーリズム思想の重要性

こうした問題を解決する唯一の方法は、建造物を単体の文化財と見做す従来の考え方を改め、自然生態系の一部として有機的に形成されてきたものだということを再認識することである。特にルアンパバーン旧市街のような木造建築がある場合、こうした視点が極めて重要である。

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(撮影日:2017年3月9日)ワット・シェントーン。世界遺産ルアンパバーンを象徴する寺院で、ラオス国内にある寺院の中でも最高級の美しさを誇る。繊細な装飾が素晴らしい木造の伝統的な建造物。

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(撮影日:2017年3月9日)ルアンパバーン小学校。これも仏領インドシナ時代の植民地建造物であり、現在も大勢の子供たちがここに通っている。表札はラオス語とフランス語で表記。

そして、こうした考えを実行するために有効な考え方・手法がエコツーリズムなのである。それはなぜか。その理由として、ここでは大きく以下の2点を挙げておきたい。

まず1点目は、エコツーリズムにおける地域生態系の考え方である。そもそもエコツーリズムは、自然観察や文化体験を通して地域の生態系に対する理解を高め、かつ経済的にその保護に貢献することを第一義に掲げてきた。そして地域生態系を理解する際、非常に重要視してきたのが、生態系には人を含む―すなわち、地域の文化遺産や伝統的生活様式などの社会文化的要素をも含む―ということである。言い換えれば、人間は自然生態系の一部であり、人間と自然が持続的に共生していくためには、伝統的な文化や生活様式が非常に重要な役割を果たしてきた点をエコツーリズムは重視してきた。このことは、まさに上述したような、文化遺産をめぐる様々な地域要素の有機的な関係性について、エコツーリズム分野が先駆的に気付いてきたということを示している。

2点目は、生態系の保護のために観光客の参加・労働提供を取り込む枠組みを構築してきた点である。この点は、現在の歴史都市や伝統的集落が直面する大きな持代を解決するためのひとつの方策となる可能性を秘めている。というのも、多くの都市・集落において、本来地域の文化遺産保全・継承する主体であるべき地域のコミュニティが弱体化しているからである。これは深刻な問題であり、例えば前述したような事由から、ルアンパバーン旧市街地ではこの10年で旧住民のおよそ4分の1が域外へ転出、伝統文化の保持が危ぶまれる状況になっている。

こうした状況を鑑みると、今後、旅行者を含む地域純眠以外の人々が、どう地域のコミュニティをサポートしていくか、ということが非常に重要な要件となってくる。このような点において、エコツーリズムは多くの経験とノウハウを有しているのである。

こうした背景もあり、近年、エコツーリズムのノウハウを、歴史都市・伝統的集落の保全・継承に応用していこうという動きが、既存学問領域を超えた活動の中から生まれてきている。次項ではその具体的事例として、前述したルアンパバーンにおいて取り組まれている事例を紹介する。

 

(4)ルアンパバーンにおけるエコツアーの取り組み

ルアンパバーンでは世界文化遺産地域として横断的かつ包括的な開発を進めている例として、以下の3つの取り組みを挙げることができる。

① 現地政府機関によるコーディネーション(学際的研究・議論が行われている)
La Maison du Patrimoineは現地政府の機関で、世界文化遺産への登録を受けてUNESCOの提言により1996年に設立された。主な業務は、①建造物の保護・修復・管理、②自然環境保護、③住民参加による市街地インフラ修復プロジェクト、④住民のためのマーケットプレイス開拓、⑤開発機関・ドナーとの調整など、広範囲に渡り文化情報省に報告義務を持つ。現在、管理・行政部、建築・都市開発部、水・環境部,コミュニケーション部の4部門からなり、海外からの職員、現地の職員合わせて26名からなっている。さらに、ルアンパバーンにおける文化遺産保護活動を円滑に行うための決定機関として,文化情報局、交通郵政建設局、ルアンパバーン知事室、およびLa Maison du Patrimoineからなる内部委員会が設立されており、遺産保護プロジェクト及び、開発事業における重要事項は上記の機関代表間での議論に基づき決定される。このような仕組みを持つことで縦割り業務に陥りやすい政府機関間の情報交換・意思疎通を円滑にしている。

② 地方行政・地域コミュニティ協働開発プロジェクト(活動目的を教育に置いた)
この内部委員会と現地コミュニティの協働プロジェクトを通しての住民参加は広範囲にわたっている。協働プロジェクトは、基本的に現地政府との契約のもと、村組織単位で直接プロジェクトを計画・運営するものである。過去の例では、住居地域の舗道、街頭、水路の建設・整備などを含めた町並み保存プロジェクトが挙げられ、各村組織はLa Maison du Patrimoineとの契約のもと、地域整備に関する計画、実施、メンテナンス等を担当し、La Maison du Patrimoineは村組織が行う作業に対するコンサルティングに徹する形をとった。このようなプロジェクト運営の過程を通して、現地住民は文化遺産地域に適応される建築規則,知識および利用可能な修復技術を身につけている。同時にメンテナンスは地域住民によって行われており、これらの活動を通じて、文化遺産に対する意識の向上(Awareness Raising)が現地住民の間に根付くことを目指している。

③UNESCOの開発戦略の応用(戦略を持って活動を推進している)
もう一つの横断的取り組みの例として、UNESCOのMABプログラムを挙げることができる。ルアンパバーン市街周辺のメコン川支流であるナムカン川流域の7000㎢の地域MABサイトの候補地として挙げられており、豊富な自然資源の保護・持続可能な活用を推進すると共に包括的な開発を目指している。ルアンパバーン市街周辺地域の住民の生活向上を促進することで、市街地への急激な人口流入を防ぎ、ルアンパバーン全体の文化遺産保護、環境保護が可能になると考えられる。また、MABサイトの開発には地域内の交通手段の整備、コミュニケーション手段の整備、エコツーリズムの開発に関わる戦略・政策等、幅広い分野が関わっており、文化情報局のほか、交通整備建設局、農林局との連携のもと開発が進められる計画である。

このように長期的展望―すなわち文化遺産の持続的な保全・継承という観点―に立つならば、実際に歴史都市や伝統的集落の保全で求められているのは、厳格な保存計画でも、大規模な投資でも、大掛かりな共同研究でもないことに気づく。真に必要なのは、地域住民の誇りと参加であり、研究者や住民以外の人々の無償の理解と協力である。また、文化遺産保全に向けてエコツアーを実施していくためには、当然のことながら、科学的根拠に基づいた長期目標の設定と具体的環境計画が必要不可欠となる。それを提示し、地域住民と地域行政の間に立ち調整していくのが生態学と地域文化を熟知した研究者の責務である。しかしながら現実には、このような課題には、実際現地に深くいり込まない限り、なかなかきづかないものである。

こうした自然・人・伝統文化を含めた地域社会最重視のアプローチこそ、エコツーリズムが標榜してきたものではなかっただろうか。今こそエコツーリズムはその思想と知識、ノウハウと人材を地域の文化遺産保全と社会的・文化的発展をサポートするために投入すべきである。歴史都市・伝統的集落の保全はそうした意味で大きな実験の場となり得るはずではないだろうか。

 

3-2.ミャンマーの事例:千年以上の歴史が続く仏教の聖地バガン

ミャンマーの人口のおよそ9割が仏教徒とされている。その他はキリスト教5%、イスラム教4%など、タイ、ラオスカンボジアなどと同じ上座部(小乗)仏教、一人ひとりが悟りの境地に達することを重んじる。大人の僧は比丘、子供が沙弥。比丘は227の戒律を守らなければならないが、沙弥の守るべき戒律は十戒のみ。出家と在家は行き来が自由である。在家なら守るべき戒律は、殺さない、盗まない、姦淫しない、嘘をつかない、酒を飲まない、という5つ*19だけである。男子は一生に一度は出家して修行するというのが、今も続く社会的なしきたりとなっている。

 

(1)バガンの概要

バガンは11世紀にミャンマー最初の首都として勃興した都市である。マンダレーと並び、ミャンマーのほぼ中央に位置する。昔からたくさんの貿易船がアンダマン海からこのあたりまでエーヤワディー川を溯ってやってきたという。現在およそ40平方キロというサバンナを思わせる赤土の平野に、2000以上とされる大小の寺院(パゴダ)や仏塔(パヤー)が無造作に建っている。それら一つひとつが歴史と文化と信仰の貴重な証しであり、その一部は考古学保護区として指定されている。

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(撮影日:2018年3月12日)バガン・ビューイング・タワー。広大な赤土の平野に幾つものパゴダが無造作に建っている。それらのほとんどは保護が行き届かず、野ざらしの状態である。

点在する仏塔や寺院は、あるものは大きく、あるものは小さく、鮮やかな白い色をしたものもあれば、赤茶けた地肌をさらしているものもあり、或いは金箔をまとい、煤けた大地にそびえ立ち、またあるものは草の中に埋もれそうになっている。遠く広がる真っ青な空に、雲がいくつも流れていく。大地には歩いても歩いても人影ひとつなく、ヤシと仏塔の影だけが続く。しかし無人の荒野と思われた大地も、よく見ると耕されて作物が植えられ、茨にしか見えなかった茂みが近寄ると畑の作だったりする。歴史のある仏教建築群と人間の営みが、ここでは何の違和感もなく調和しながら存在しているのだ。

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(撮影日:2018年3月10日)インワのヤタナー・シンメ・パヤー。

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(撮影日:2018年3月10日)ヤタナーシンメ・パヤー内部で昼寝する子供。パヤーは仏教建築物であり本来は信仰対象や礼拝所として利用されているが、現地人にとってはもっと身近な存在であるらしい。

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(撮影日:2018年3月12日)道路脇に建つ名も無きパゴダ。おそらく後から道路を造ったためであろう、パゴダが脇道に悠然と建っている。

パガンに残る仏塔や寺院のうち、大型のものは全て国王たちの寄進による。時代を超えて権力者や有力な人たちが仏陀の教えに従い、功徳を施すために競ってより大きな寺院を立て、仏塔を寄進し続けてきた。それゆえ現政権もまた、彼らの新しい首都ネーピードーに史上最大の寺院を建てている(旧首都ヤンゴンにあるシュエダゴン・パヤーという最大のパヤーのレプリカ)。一方、かつての王宮などは崩れた土塁に辛うじてその片鱗をとどめているに過ぎない。

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(撮影日:2018年3月9日)ミングォン・パヤー。一辺およそ140mある未完成の巨大パヤー。完成すれば世界最大のパヤーだった。

“徳を積むことの結果は、来世においてしか知ることができない。現世においては、「徳-悪行」の差し引き計算を客観的に証明し得るものではなく、個々人の徳の行為の回数の多さと規模の大きさを手掛かりにするだけである。それゆえパゴダや僧院が好んで建てられ、僧院・僧侶に寄進が続き、仏教儀礼が熱心に数多くもたらされる。しすれ儀礼の場合、より大規模なもの―より多くの参加者、より多くの布施、より多くの徳―が目指される。”

綾部恒雄(1994)『もっと知りたいミャンマー』弘文堂より引用。

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(撮影日:2018年3月10日)バガヤー僧院。建物全体が木彫りの装飾で覆われていて非常に美しい。内部は冷房もないのに涼しく、僧衣を身に纏った子供たちが勉強をしていた。

これは経済的には途方もなく無駄な行為である。次から次へと建てられる寺院や仏塔のためにどれほどの大きな労力、時間、コストが費やされただろう。私たちの暮らす資本主義社会にとって、これらは一文の得にもならない。一種の公共事業という見方をするなら、働く側にとっては多少の収入をもたらしたかもしれないが、社会的生産に寄与するインフラではない。いわば権力者の自己満足のための浪費である。遵って権力の源泉である民衆の著しい語弊を招く結果にしかならない。資本の蓄積は行われず、持続的な発展はなく、外敵への備えも不十分という、現世においては権力の基盤を突き崩してゆくばかりだった。しかしながらそのお陰で、私たちはそれらを、他には見られない文化の「遺産」として享受させてもらっているのだ。

 

(2)バガン寺院群の観光

パガンを代表する黄金のシュエズィーゴン・パヤー、ミャンマー最古とされる壁画が残るグービャウッヂー寺院、バガンで最も美しい建築とされるアーナンダ寺院、65メートルの高さを誇るタッピンニュ寺院、空間いっぱいに寝仏(涅槃)が横たわるマヌーハ寺院、パガンのイメージの象徴的建築ティーローミィンロー寺院、仏陀の遺髪が収められているシュエサンドー・パヤーなど、訪問すべきところを指折ってみてもキリが無い。バガン寺院群の観光は早朝と夕暮れ時が特に素晴らしく、早朝に朝日がバガンの平原に昇ってくるシーンと、同じく夕日が沈んでゆくシーンは何度見ても感慨深いものがある。

シュエサンドー*20は1057年に建てられたという5層のテラスをもつパゴダだが、この最上階からの朝日と夕日の眺望は人気が高い。地上50メートル近くある四角いテラスから、刻々と変わるバガンの幻想的な風景を観る。朝靄のなかに浮かび上がってくる無数の寺院の影。或いは夕日に沈んでゆく四方の光景。赤いレンガの建物が、朝日や夕日の中に少しずつその色を変化させてゆく様子。緑の森影が次第に黒く沈んでゆく、或いはその逆の移り変わり。それらはまるで地平線のかなたまで続いているように思える。地上にある無数の寺院群を空が覆い、太陽の光が宇宙的なまでに壮大な光景を、息つく暇もなく変化させてゆく流れに言葉もない。

一つひとつの寺院やパゴダ自体が素晴らしい文化遺産であるが、おそらく上記のようなバガン平原全体の醸し出す一種の独特な深み。その壮大な雰囲気と光景が、すべての人の心に深く、何かしら宗教的な時間の体験とも呼ぶべき気持ちを浸み込ませてくる。

こうしたバガンの観光には、車で足早にどんどんと回るよりも、馬車やEバイクを借りてゆっくりと巡る方法がよりバガンを身近に感じられる。カンボジアのアンコールやインドネシアのボロブドゥールと並び、バガンは世界三大仏教遺跡の一つに数えられている。しかし、この平原全体に広がる寺院群は、圧倒的空間スケールの雄大さによって他の二つを遥かに凌いでいる。

 

(3)入域料

先に紹介したパヤーやパゴダなどの寺院群の一部は考古学保護区に指定されており、観光客がバガンへ足を踏み入れる際には入域料を支払う必要がある。

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(取得日:2018年3月11日)バガン域内に入るために必要なチケット。

この入域料からの収益は、当該地域で発生する外部性*21を内部化するための財源となっている。当該地域では、地方行政(マンダレー地方域)が観光客からバガンへの入域料を徴収しており、その資金は、①地域コミュニティによる文化遺跡保護への財源、②地域住民への代替的な収入源の提供、及び地域住民の生計工場、③エコツーリズムの活動を貧困削減や環境保全と関連させることの意識付け、④保護地域で働くスタッフの能力と地位の向上、⑤保護域内における文化遺産の破壊と損傷行為の防止に充てられている。

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(取得日:2018年3月10日)マンダレ考古学保護区域内に入るために必要なチケット。

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(撮影日:2018年3月10日)マンダレー考古学保護区域のチケット売り場。チケットの他に英語、フランス語、イタリア語、中国語、韓国語、日本語など各言語のガイドブックが取り揃えられていた。

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(撮影日:2018年3月10日)チケット売り場の張り紙。ここを訪れる観光客にチケット購入を催促する旨の記述が書かれている。

このように入域料を財源にして地域の観光資源の保全や保護、或いは人的資本への投資を行うことで地域全体の厚生を向上させることが期待できる。つまり、これは徴収した入域料を財源として外部費用を内部化する取り組みである。通常、外部性の問題がある場合、個々人が経済合理的に行動したとしても、社会全体としては望ましい状態に至らないので、政府の介入によって外部費用の内部化をすることが求められる。現地では、文化遺産への破壊や損傷行為の防止、或いは地域コミュニティへの代替的な収入源の提供、生計向上やエコツーリズムへの意識付けが行われており、これらの施策はバガンにおける外部不経済の抑制につながることが期待できる。

 

(4)観光資源の利用、管理上の制度

前節で取り上げたエコツーリズムの原則に照らし合わせながら、当該地域のエコツーリズムにおける観光資源の利用、管理上の制度、及びそれぞれの課題を確認する。

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(薮田雅弘・伊佐良次(2007)『エコツーリズムと地域発展:理論から実証へ』を参考に筆者作成)

1つ目の「持続可能な資源利用」と2つ目の「過剰消費と浪費の抑制」についてみてみたい。まず、「持続可能な資源利用」と「過剰消費と浪費の抑制」のために、バガン考古学保護区域の境界線は国家行政の制定によって明確に決められており、そしてバガン考古学保護区域の境界線上と入口では軍人による検問が行われている。また、「過剰消費と浪費の抑制」のために、観光客はバガン保護区域内に入る際、行政から認定を受けたガイドの同行が推奨されている。

また、2つ目の「過剰消費と浪費の抑制」については、観光地の自然環境や景観を損ねないために、観光客は原則としてゴミの持ち込みを規制しており、もし持ち込んだとしても持ち帰りが義務付けられている。ただし、当該地域では、プラスチック、ペットボトル、ビン、カンなどのゴミを処理する施設がない。このため、観光客が持ち帰らなかった、或いはそもそも地元の人々が排出する不燃ゴミは、土の中に埋めて処理している。この点に関して、観光の議論を超えて、当該地域の廃棄物処理の問題として、政府が取り組まなければならない課題である。

3つ目として、「環境的多様性、文化資源の維持」のために、政府は当該地域を遺跡保護地域として設定して文化遺産の保護に取り組んでいる。また、前述のとおり、行政は観光客から徴収した資金を財源として、バガン考古学保護区域の文化遺産保全・保護活動を実施している。保護区域内は軍人によってモニタリングされている一方で、夜中など警備の目を盗んで、破壊や損傷行為が行われている。

4つ目の「地域計画策定,地域経済の維持」の項目においては、当該地域では、行政やNGO・NPO団体による事業計画や村落基金を活用した地域開発が取り組まれていた。当該地域での文化遺産保全・保護事業計画や制度設計については、行政やNGO・NPO団体の支援によって行われている。また、観光収益を利用した村落基金は、地域コミュニティの発展に寄与するものであった。

5つ目に、当該地域のエコツーリズムでは、地域コミュニティが事業に関与しており、その点において「地域共同体との連携,組織間の協働」が図られている。

6つ目の「関係者の教育」では、行政やNGO・NPO団体によって、村落の観光担当者やガイド・ホームステイに携わる人々や世帯に対して研修が行われている。しかし、観光客へのインタビュー調査から、今後の課題として、外国人観光客に対する英語でのコミュニケーションやホスピタリティに関する研修が求められている。

7つ目の「適切なマーケティング」の項目としては、当該のエコツーリズム事業では、歴史のある文化遺産を有するバガン考古学保護区域を観光資源としてマーケティングし、エコツアーのプランニング、現地のパンフレットの作成、或いはホームページ上での情報公開を実施している。また、訪問する観光客の地域コミュニティによる受け入れをしてもらうことで、観光客に現地の魅力を十分に伝えることが可能となり、さらに、観光客の不適切な行動(例えば、ゴミの廃棄など)を防止することもできる。その一方で、バガンでは、遺跡の破壊・損傷のために文化遺産本来の姿を見ることができなくなっているが、パンフレットやホームページ上での情報は改定されず、新たな観光資源のマーケティングは行われていない。

最後に、8つ目の「モニタリングと研究調査」では、軍人によるバガン考古学保護区域の境界上と入口のモニタリング、また一部の資源に関しては研究所や国立大学の調査の実施が挙げられる。バガン考古学保護区域の境界上と入口では、軍によってモニタリングが行われている。研究調査として,バガンには考古学の研究所があり、バガン考古学保護区域内の諸文化遺跡が研究されている。ただし、前述したように、現地では文化遺産の破壊や損傷行為が起きており、軍だけではなく、地域コミュニティによるモニタリング活動も求められる。

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(撮影日:2018年3月13日)バガンで宿泊したドミトリーにあった注意書き。観光客に向けた保護区域内での観光マナーが書かれている。

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(撮影日:2018年3月13日)現地人の公用語であるビルマ語で書かれた注意書き。観光客はもちろん、地域住民までにも徹底させている様子が伺える。

 

(5)文化的景観が意味するもの

1980年代、世界遺産の登録とその保全に関連して大きな問題が提起された。それは、文化遺産が本来包含しているはずの多様な価値観が必ずしも世界遺産リストに反映されていないのではないか、というものである。その大きな根拠となったのが世界遺産登録物件数の偏り、言うなれば保存対象の偏りである。つまり、欧米型の記念的建造物(Monuments)への対象の偏重なのだ。こうした問題提起は、ユネスコを中心に世界遺産に登録すべき文化遺産の概念そのものをより広義で捉えようという動きとして活発化していく。つまり、従来のように単なる「物件」(有形遺産、特に不動産)だけを文化遺産として考えるのではなく、地域の「景観」を構成するそれぞれの要素を、有形/無形、動産/不動産を通じた人間の営みの総合的な「システム=系*22」 として捉え、そのシステム自体に文化的な価値が存在するという考え方である。ここにおいて、前述したようなエコツーリズムにおける社会文化的要素を含む地域生態系の捉え方が文化遺産研究の側でも本格的に取り入れられるようになった。そしてこのような議論の中から提示されたのが、文化的景観(Cultural Landscape)の概念である。すなわち、ユネスコは生きた文化(Living Culture)や伝統(Living Tradition)など、広く人間の諸活動に関わるあらゆる自然的・文化的要素を相対的に「景観」として捉え、そこに居住する人間の生活の証左として位置付けて“Cultural Landscape”と呼んだのである。

この概念は1992年の第16回世界遺産委員会にて導入が正式に決定され、その後文化遺産と自然遺産の両者が同一の制度のもとに世界遺産保護の体系に組み込まれることになった*23。こうして文化的景観は世界遺産を構成する新しいジャンルとして注目されるようになり、1994年には世界遺産委員会によって「遺産を“もの”として類型化するアプローチから、広範囲にわたる文化的表現の複雑でダイナミックな性格に焦点を合わせたアプローチへと移行させる必要」があり、「人間の諸活動や居住の形態,生活様式や技術革新などを総合的に含めた人間と土地との共存の在り方を示す事例や、人間の相互作用、文化の共存、精神的・創造的表現に関する事例なども考慮すべきである」ことが指摘された。このように、文化的景観をめぐる議論において「人間活動と自然環境との相互的な働きかけの結果として文化遺産は成立している」という考え方が提示されたことにより、「伝統文化」の持つ意味は決定的に重要なものとなった。つまり、文化的景観の考え方に従えば、文化遺産とは、人間が周囲の自然に様々な働きかけを行い続けたことによって形成されたひとつの安定した系(システム)として捉えるべきものである。そしてその際、この系を持続的に安定させる上で非常に重要な働きを持つのが長い歴史の中で培われてきた自然と共生するための知恵、すなわち地域の「伝統文化*24」なのである。ここに至って、人間活動と自然環境との相互関係の考え方については、もはや文化遺産の保護とエコツーリズムとの間に本質的境界はほとんどなくなるのである。

 

(6)エコツーリズムとヘリテージツーリズムにおける伝統文化の捉え方

では、こうした地域の「伝統文化」とは具体的にどのように捉えるべきものなのだろうか。まず重要なのは、ここでの「伝統文化」とは、自然環境と持続的に共生するための人間の営みに関係する多様な社会文化的要素を包括した概念である、という点である。そのように考えると、「伝統文化」とは、大きく以下の3つのレベルに分けて考えるべきものであると思われる。すなわち、①意識構造、②技術体系、③社会構造の3つである。

①の意識構造とは、個人、或いは特定の集団内におけるアイデンティティのことである。自然観・宗教観・死生観などの要素が、こうした個人、或いは集団のアイデンティティを構成する重要な要素になっている。②の技術体系とは、衣・食・住など、人間生活に関わる全てのものを生み出す技術の体系である。郷土料理や伝統工芸,伝統的生産方式などはその好例である。当然、祭祀・芸能などもこれに含まれる。そして③の社会構造とは、個人と個人の関係から、家族、共同体に至るまで、地域内の各主体の多様な関係性(或いはネットワーク)、並びに他の共同体や来訪者など、地域外部の主体との関係性として捉えられる要素である。

したがって、エコツーリズム分野における伝統文化をめぐる論点とは、こうした伝統的な要素(=資源)を「観光」という文脈においてどのように持続的に活用し再構築していくか、という議論に他ならない。これは文化遺産をどのように保全・活用し公開していくかを命題としているヘリテージツーリズム(文化遺産観光)分野においても全く同様である。つまり、こうした分野においては、地域の伝統文化を前提としながらも、外部からの働きかけや外部要素も状況に応じて取り入れつつ、これらを現代的要求に合うよう自律的に再構築して以ことが重要な要件となる。

以下、エコツーリズムやヘリテージツーリズムの分野において、伝統文化の再構築をどのように捉えるべきか、上述した伝統文化の3つのカテゴリー別に整理してみたい。

①意識構造
意識構造の再構築とは、伝統文化の再構築が行われるうえで、そのプロセスの最も基層をなす概念である。つまり、地域社会が地域固有の伝統文化を再発見・再評価し、アイデンティティを確保することで初めて、地域社会が主体性を発揮し、これを基礎として単に経済成長にとどまらない、社会や人間を含めた多面的な発展が可能となる。こうした考え方は、これまでの地域の主体的な発展をめぐる議論においても、しばしば単に外生的な発展の波に追随するのではなく、地域固有の文化を重視した発展を実現していく考え方として提示されてきた。つまり、西欧近代化論に内在する一元的・普遍的発展像とそれに伴う他律的・支配的関係の形成を否定・拒否し、これに代えて自律的な活動に基づく地域社会を形成することが重要であるとする考え方である。そしてそのためには、独自の価値観の再評価・地域社会を代表する新たな文化的アイデンティティの発見・提供が必要となるのである。こうしたプロセスはエコツーリズムにおいてもヘリテージツーリズムにおいても、地域の観光活動と伝統文化の関係性をめぐる重要なポイントとなる。すなわち、地域の伝統文化を、単なる有用性や文化財としての価値だけではなく、観光市場という新たな視点から再評価し、観光産業の創出に積極的に位置付け、それを活かしていく試みを通して、地域社会のアイデンティティが強化されていくプロセスが重要である。

こうした固有の伝統文化の再発見・再評価は、同時に地場産業の質の見直しにもつながっていく。これは次で述べる技術体系の再築プロセスにおいてもその基盤となる視座であるのだが、伝統的な地場産業(手工芸など)を観光の視点から再評価する試みには、既存技術が新たな発展を遂げていく契機となる可能性が秘められている。また、観光活動とは「ホスト・ゲスト間における文化的交流」であるという視点から言えば、こうしたアイデンティティ構築は、ホストの誇れるものをより効果的にゲストに表現するという点で、その基盤となる重要なプロセスであると言える。

ただし注意しなければならないのは、このアイデンティティは外部世界との駆け引きの中で微妙なバランスの上に構築されるものだという点である。つまり、多くの既往研究が指摘しているように伝統文化の価値については「中ではなく外の人々によって再発見される、或いは域外を見ることによってあらためてその価値に気付くケース」というのがしばしば確認できるのである。したがって、地域のアイデンティティが外部から与えられることも可能性としては充分あり得るということを認識する必要があるだろう。開発においてはもちろんその土地に根ざした人々の生き方、考え方、価値観が尊重されるべきであるが、現在の開発、こと観光開発という国際的な経済活動と直結する開発においては、土地に根ざした生き方だけで解決するには手に負えない問題があまりにも多い。それゆえアイデンティティの認識・強化とは、決して「地域に根ざした生き方」、或いは「過去の様式」に戻れということを意味するものではない点にも注意が必要である。こうした議論は、ローカルなシステムとマクロなシステムとの折り合いをホスト社会がどのようにつけていくか、という文脈で理解する必要がある。

②技術体系
伝統的な技術体系とは、先も触れた通り、地域に継承されてきた衣・食・住など人間生活に関わる全てのものをつくる生産技術の体系であり、 観光客にとっては最も顕著に目に見える観光資源である。エコツーリズムやヘリテージツーリズムが産業として成立していくためには、当然のことながらこうした技術体系が市場における消費にまで結びつかなければならない。イギリスの財政学者であるピーコックは、芸術象とした市場についてオリジナルの市場を一次市場、その品による市場を二次市場として二重の市場という考え方を提示している。

また、文化経済学者の後藤和子がこれを紹介し本物の絵画などのオリジナルの市場を一次市場、その複製品の市場を二次市場として分けて考えた上で芸術活動の質を高めるためには以下のような視点が必要であることを指摘している。すなわち、オリジナルな芸術品を扱う一次市場は本来商業目的でないことが多く、また大量生産も不可能であるため採算が取れないことが多く、こうした市場において質の高い芸術を創造するためには何らかの公的支援が必要である。一方、二次市場は複製や量産の技術を用いて産業化することが可能である。そして、二次市場におる複製品の産業化が進めば進むほど、これら複製品の質を担保するためにオリジナルの内容や価値に基づく一次市場は重要性を増ことになる。さらに二次市場の広がりは複製と言えども一般市民が芸術に触れたり学習したりする機会を増加させ、その質の向上はリジナルの芸術の価値に対する理解を増進するとの見解がある。この考え方はエコツーリズムやヘリテージツーリズム市場にも適用可能だと考えられるだろう。すなわち、保存・継承されてきた伝統的か技術体系そのものに関する市場を一次市場、観光向けに再構築された伝統文化に関する市場を二次市場、と捉えることはできないだろうか。

具体的には、一次市場の例としては遺跡や伝統的建造物そのものへの訪問、伝統的祭祀の現地見学、観光向けでない伝統工芸などを挙げることができる。狭義における文化のオーセンティシティ(真正性)が求められるのはこうした市場である、と理解することができよう。これらのオリジナルな技術は本来観光向けに構築されてきたものではなく、例外的な場合を除いて一般に採算性は低く、観光市場として成立させようとする場合、その維持・管理・運営などの面において行政などからの支援が必要となる点も上述の芸術品の一次市場と同様である。

一方、二次市場の例としては民族村などのモデルかレジャーにおける遺跡や伝統的建造物のレプリカ見学やショー化された民族舞踊鑑賞、伝統工芸技術を応用した観光土産品などを挙げることができよう。こうした二次市場を通してオリジナルの伝統文化に関する観光客の正しい理解を促進することができれば、オリジナルの保全・継承の促進にも繋がっていくことが予想される。そのためにもレプリカやショー、土産品などは二次市場とは言え、その質においてはオリジナルの文化を反映した高いレベルを維持する必要がある。エコツーリズムやヘリテージツーリズムにおいて、インタープリテーションを通してオリジナルの文化の価値をいかに観光客に伝達するかという議論においても、こうした見解は大いに参考となろう。

④社会構造
社会構造の再構築とは、地域の発展に関わる地域内外の人そもそも地域社会とは何加の関係性の変革である。では、一般的にエコツーリズムやヘリテージツーリズムで言うところの地域とは、国家よりも小さな領域であり、地域の自律的な活動が可能となる範囲を意味している。

つまり、人々が観光開発において自らを主体として位置付け自立的な活動を展開していくためには、参加を可能とする小さな単位場(或いは社会)が提供される必要があると言え、これが所謂「コミュニティ」という言葉を用いて示されてきた単位の意味するところである。途上国の開発問題においてしばしば用いられる「コミュニティ・ディベロップメント(Community Development)」という概念も、こうした考えに基づくものであり、国連では次のような定義を行っている。

“地域社会の経済的、社会的、文化的条件を向上し、これら地域社会を国民社会の生活に統合し、国の進歩に充分に貢献できるように、人々自身の努力と政府当局の努力とを結びつけるプロセス。”

United Nations(1971)より筆者翻訳。

実際、エコツーリズムやヘリテージツーリズムというのは、多くの国や地域、特に途上国や辺境地域において、このCommunity Developmentの一環として位置づけられている。

しかしながら、こうした試みは必ずしも上手くいっていないのが実情である。なぜならば、伝統文化を共有する―共通の文化的紐帯によって結びつけられる―伝統的な地域コミュニティそのものが弱体化していることが往々にしてあるからである。というのも、先のルアンパバーンの例でも触れたように、多くの歴史都市や伝統的集落において急激な都市化や産業構造の変革の結果、社会構造そのものに変容が生じてしまっているのである。伝統的集落において労働力となる若者がいないというのは私たちの身近にもある、その顕著な例である。

こうした状況下で、観光産業を自律的に創出していくためには地域社会の再定義と再組織化が必要不可欠となってくる。これは「コミュニティの再生作業」とも呼ぶべきものである。そのためには旧来の伝統文化を復興し、それを核としてコミュニティを復元・復活させるか、或いは新たな文化的紐帯を提示することでそれによって結ばれた人々による新たなコミュニティを構築していくか、そのどちらかしか方法はない。特に後者は地域内に定住する人間だけではなく、観光客や外部社会とどのようにパートナーシップを組み、観光産業の持続的な展開を推進していくのか、そしてそのネットワーク構築の在り方にまで拡大して考えるべき課題である。いずれにせよ、先に述べた「地域のアイデンティティ」の問題に帰結することは確かである。

 

 

5.おわりに

私たちが訪れて、見たり、触れたり、体験したりするもの、それは動物であったり、植物であったり、お寺や古い建物であったりと実に様々である。これらは観光の対象という意味で「観光資源」と呼ぶことができ、そしてこれらは同時に地域空間の一部であり、その地域空間にあって、環境的にも視覚的にもその価値を認識することができる。さらに言えば、「観光資源」は地域空間の他の部分と関係を持つことで成立する。たとえば農村地域に棲む猛禽類は縄張りとなる農地や林地、そしてそこに棲む小動物との関係によって生きており、古い神社は周囲の森林と調和しつつ地域社会の信仰活動によって成立している。また、こうした地域では農地、林地、屋敷地などが調和した農村景観が重要な観光資源と考えられている。すなわち、観光資源をその魅力を損なうことなく持続させるためには地域空間全体を「保全」していく必要があるのだ。ここで地域空間の成立を考えてみると、農地、林地、河川など、地域住民が営む農業や林業、生活によってその空間が維持されていることがわかる。しかし今日では、多くの地域で生活の変化が起きており、農業や林業が衰退している。農村地域では電気やガスが普及し、化学肥料を使うようになったため、薪を集めたり草を大量に刈り取ったりする必要がなくなり、農地、林地、農道、水路、川などの管理(作業)が以前に比べると疎かになってきた。

さらに、近年では農業の担い手の高齢化や後継者不足等により管理の放棄された農地が目立つようになってきている。特に山間部では高齢化と若年層の流出による過疎化が進み、空間全般の管理が行われなくなったことからその消滅が懸念される集落も見られる。つまり、地域空間が成立するためには人がそこに住み、農林業を営み、生活していくことが必要なのだ。言い換えるならば、観光資源が持続していくには人々の日々の営みの継続が必要なのである。

また逆に、地域空間の側から言えば、観光活動を行うことによって存続が危ぶまれる地域空間を再び見直し、新しい保全の形を模索する契機となることが期待される。具体的には、観光活動によって地域外から労働力やお金を得て地域空間の保全に充てようということである。

一方、住民による自主的で暮らしの向上を目的とした継続的な活動を「地域づくり(まちづくり・むらづくり)」と呼ぶ。地域空間の保全の見直しや観光も、こうした活動の一環であることが望まれる。つまり、「地域住民が主体となった」、もしくは「地域コミュニティと良好な関係を持つ」エコツーリズムが成立するには、「観光活動が地域づくりの一環である」という条件が必要なのだ。したがって、活動の目的である「住民による自分たちの暮らしの向上」を逸脱してはならないのである。でなければ、経済的利益を優先しすぎるあまり環境を過度に破壊したり、或いは住民の参加が長続きしなかったりといったことが起こりがちなのだ。

近年、エコツーリズムへの関心が世界的に高まっている。しかしながら途上国と先進国ではエコツーリズムへの期待は本質的に異なること、つまり国が求める政策の方向性も自ずと違いがあることに注意しなければならない。

豊かな自然を有する途上国では、自然に関心の高い先進諸国の観光者からの収入を確保し、資源である自然環境を保全・管理する費用に充てるための手段として国や地域が積極的に統制・管理する観光形態としての性格が強い。これに対し、日本では発地(観光者)と着地(受け入れ地)の両者の要請からエコツーリズムへの期待が高まっている。ここでいう「発地の要請」とは、近年の「滞在・滞留型」の観光への志向の高まりに伴い、棚田や里山など人と自然とが密接な関わりを持ちながら維持されてきた「身近な自然」もまた重要な資源と認識されるようになり、農山村の環境が注目されるようになったことである。「着地の要請」としては、地方において人口が減少して高齢化が進行すると同時に地域を支えてきた農林業などの構造的な不振により、地域の自然環境が維持されにくくなっていることである。なお、このような傾向は日本に限られることではない。前者に関しては1992年、世界遺産委員会が世界文化遺産の新しい概念として「文化的景観」を導入することを決定し、フィリピンの棚田などが指定されることとなった。従来の建造物に重きを置く文化遺産に対して、自然と人間の共生を示す風景や、文化的な営為そのものの価値が見直され、観光対象としても評価されるようになったのである。後者については、「農村らしさ」を保全することに重きをおくヨーロッパの農村地域における観光と共通した課題である。

今日、私たちは海外へ本当に気軽に出かけられるようになった。これは国内外を問わず、観光地やリゾートが質の高い他国のそれらと同列に比較される時代になったということである。発展途上国の政府は皆挙って「観光立国」を標榜して外国人観光客誘致に力を入れているが、インバウンドの目標人数の達成にも増して大切なことは、まずは海外旅行の経験豊富な自国民が国内で滞在を楽しめるような、そんな魅力ある国づくりのインフラ整備に本腰を入れて取り組むことではないだろうか。成長が前提とされたものづくりの時代が終わり、日本は2005年から人口減少社会に転じている。これからは国民が真に豊かな生活が送れるかどうかが問われ、それが国の評価として重視される時代となろう。そうであるならば、まずは私たち自身が楽しめる旅行目的地を国内にどれだけ持てるか、という点がこれからの国の豊かさの重要な指標となるはずである。

繰り返すが、持続可能性や自然との共生が世界的な共通課題と見做される時代となった。かつて高度な循環型社会を実現していた伝統や体験型ツアーのような滞在を楽しむ文化の蓄積のある国は、エコツーリズムの目指すモデルとなれる条件を十分に有している。エコツーリズムを普及・定着を実現させるためには限られた予算、人材を持って地域開発を進めるにあたって政府主導・地域社会で共有された理解とサポートが必要となり、初段階での国民意識を高めることが重要である。さらには、文化遺産保存活動が持続可能な開発を進めていくための手法となり得るということが広く認知されることも必要であろう。これまで開発途上国において地域社会はエコツーリズムの本質を理解しないままに経済的利益の獲得を目指した結果、設備や機能面に偏った事業を実施することばかりだった。それゆえ特色のないデザインの建築物や土木事業が相次ぎ、景観の個性が急速に失われている。エコツーリズムを一時的な流行としないためには、まずは各地域がエコツーリズムの重要性を認識し、主体的に自らの生活環境の在り方について考え、その改善に長期的な視点を持って取り組むことである。そして国は、如何にすれば地域が腰を据えてエコツーリズムを展開できるか、という視点からその推進を継続的に支援し、育ててゆく姿勢が求められよう。

 

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Abraham van Diepenbeeck "The Flight into Egypt"

 

〈関連〉  

 

〈参考〉

 敷田麻美『地域からのエコツーリズム―観光・勾留による持続可能な地域づくり』学芸出版社

地域からのエコツーリズム―観光・交流による持続可能な地域づくり

地域からのエコツーリズム―観光・交流による持続可能な地域づくり

 

 森山正仁『地域自然産法の解説―発展するエコツーリズム』ぎょうせい

地域自然資産法の解説―発展するエコツーリズム

地域自然資産法の解説―発展するエコツーリズム

 

 井口貢『反・観光学:柳田國男から、「しごころ」を養う文化観光政策へ』ナカニシヤ出版

反・観光学: 柳田國男から、「しごころ」を養う文化観光政策へ

反・観光学: 柳田國男から、「しごころ」を養う文化観光政策へ

 

 岡本伸之『観光学入門―ポスト・マス・ツーリズムの観光学』有斐閣

観光学入門―ポスト・マス・ツーリズムの観光学 (有斐閣アルマ)

観光学入門―ポスト・マス・ツーリズムの観光学 (有斐閣アルマ)

 

 鶴見良行『東南アジアを知る―私の方法』岩波書店

東南アジアを知る―私の方法 (岩波新書)

東南アジアを知る―私の方法 (岩波新書)

 

赤嶺淳『グローバル社会を歩く―かかわりの人間文化学』新泉社 

グローバル社会を歩く―かかわりの人間文化学 (人間文化研究叢書)

グローバル社会を歩く―かかわりの人間文化学 (人間文化研究叢書)

 

David Weaver "Ecotourism, 2nd Edition (Wiley Austraila Tourism)" Wiley

Ecotourism, 2nd Edition (Wiley Australia Tourism)

Ecotourism, 2nd Edition (Wiley Australia Tourism)

 

*1:社会的インフラとは、Social Infra-Structureの意。人間の活動の基盤(infrastructure)の中でも、特に生活や福祉に関するものを指す語。

*2:鳥越晧之(2002)『柳田民俗学のフィロソフィー』東京大学出版会、pp26-27

*3:観光する側=観光者→tourism。また、客として迎える側=観光業者、観光行政、地域市民→hospitality。

*4:「観光」の定義は、中尾清『自治体の観光政策と地域活性化』イマジン出版pp.23~26を参照。

*5:古田陽久『世界遺産Q&A―世界遺産の基礎知識〈2001改訂版〉』ザ・ワールドヘティッジp.6を参照。

*6:世界遺産条約条文より。

*7:2018年7月4日の第42回世界遺産委員会終了時点で、ユネスコ加盟195か国中、ツバル、ナウルソマリアの3ヶ国が締約していない。

*8:所謂「危機遺産」のこと。危機遺産とは、大火、暴風雨、地震津波、噴火などの大規模災害、戦争、道路建設などの開発事業、伐採、海洋汚染などの自然環境の悪化による滅失や破壊などの深刻な危機にさらされ緊急の救済措置が必要とされる物件を指す。また、自然遺産・文化遺産のそれぞれに登録基準が項目別に設定されている。

*9:近代化とは、歴史の一段階としての「近代」への移行過程を、その特徴において捉える説明概念。ここでいう「近代化」は、発展途上国の開発問題に関連して、アメリカの歴史学者などが工業化の発展を中心に西欧型近代化を果たした歴史的事実に着目した議論に起因している。

*10:ここでいう「維持すること」とは、持続可能であることの意。

*11:環境省編(2004)『エコツーリズム-さあ、はじめよう!』日本交通公社を参照。

*12:インタープリテーション(interpretation)とは、直訳すると「通訳」という意。環境学習の場においてはインタプリターを自然の解説者と意味付けており、ここでいう「インタープリテーション技術」は自然・文化・歴史(遺産)をわかりやすく人々(観光客)に伝えるだけでなく、それらの裏側にあるメッセージをも気づかせる行為、或いはその技能のこと。

*13:ここでいうツーリストとは、20世紀後半にコスタリカモンテヴェルデ(現自然保護区)を訪れ、のちに入植したアメリカ人クエーカー教徒たちのこと。

*14:実際、アメリカの国立公園には「50cm以上掘れ」と具体的に明記されたルールも存在する。

*15:ここで指す「観光地における(観光客が)相互に負の影響を与え合う状況」とは、例えば、観光地が混雑することで景観が悪化するような状況などが挙げられる。

*16:環境容量(Carrying Capacity)とは、ある地域の人、動植物、土壌、水、大気などすべての自然が、汚染物質によって変化あるいは損傷を受けることなく、また自然の生態系の平衡状態を保つよう自然の浄化力が十分に及ぶ状態が保たれる範囲のこと。

*17:直接規制(Command and Control)とは、環境政策の手法の一つで、社会全体として達成すべき一定の目標と最低限の遵守事項を示し、これを法令に基づく統制的手段を用いて達成しようとすること。

*18:ここでいう「文化にかかわる情報」とは、ガイド或いは文字媒体だけでなく、景観や料理なども重要な情報である。

*19:ここでいう「戒律」とは、殺生、偸盗、淫行、妄語、飲酒のこと。

*20:「サンドー」とは、ビルマ語で「聖髪」を意味し、この仏塔にはモン族(タトォン国)の所有していた釈迦の遺髪が収められているという。

*21:「外部性」とは、第三章でも触れたように、ごみ問題やし尿、踏圧、気配をはじめ少なからぬ地域環境への負荷が生じること。

*22:これがまさにエコツーリズムが提唱してきた地域生態系の意義であるのだが...。

*23:ここで指す「世界遺産の体系」において、登録上はこれを「文化遺産」に含むものとし、①Designed Landscape(意匠された空間)、 ② Evolved Landscape(有機的に進化する景観)、 ③ Associate Landscape(関連する景観)という三つのカテゴリーに分類・定義している。

*24:ここで指す「伝統文化」とは、伝統的な地域社会の構造などのこと。

教養とは何か

私には会うと必ずと言っていいほど口論ないしは討論になってしまうくらい、ほとんどのことについて意見の食い違う小学校来のありがたい友人がいる。ありがたいというのは皮肉ではなく、主義思想信条理念は友情を左右しないということを教えてくれる、文字通り「有り難い」存在だ。討論になればもちろん勝った方が嬉しいけれど、稀に勝っても嬉しくないことがある。

先日、その友人と新宿駅でばったり会ってそのまま小一時間ほど駅のベンチで話し込んだ。ちょうどその頃にお互い卒論も講義も学生生活の諸々が終わって、将来の学生はどんな教育を受けるのかとか、そういう話題になった。それから話は逸れて、教養とは何か、という議論になった。そんな議論をするつもりは全く無かった。

友人は「教養は普遍だ、流行り廃りのある知識ではなく、普遍的な知識を身につけるべきだ」と言った。私は「教養は普遍でも不変でもなく政治だ」と、とっさに返していた。自分でも何でとっさにそんなことを言ったのか不思議だった。口が勝手に言ったような感じだった。当然友人は食ってかかる。「法律はしょっちゅう変わる、プログラミング言語もぞくぞくと新しいものが開発される。経営スタイルだって時代と共に変わっていく。だから法学や情報科学経営学のような実学を身につけたとしても、社会に出て10年も経てば時代遅れになる。その点、リベラルアーツは古くならない上に応用が利く」そんな様なことを言って友人は同意を求めてきた。

「そうだろうか。教養は政治だよ」
そんなことは考えてもいなかったのに、私の口が勝手に反論する。

「例えば、明治維新の頃の教養は四書五経だった。ところが今の時代、四書五経を唱えることができる、とでも言ってみろ。変わった趣味をお持ちですね、と茶化されるのが関の山だ。そこまで時代を遡らなくてもいい。例えば平成以前は、クイーンズイングリッシュが話せる人は教養がある人だと思われていたじゃないか。それが今となってはどうだ、英語が話せない人は馬鹿で時代遅れな人だと思われるだけだ。その時代の政治志向を忠実に反映したのが教養なんだよ。」

私がそんな風に言うと、今まで意気軒昂としていた友人はみるみるしゅんとして、「ああ、教養は政治だね。」と言って口をつぐんだ。

私たちの討論はあっさり決着が付いた。しかし、議論に勝ったはずの私は、友人以上に落ち込んでしまった。教養が政治っていうのは虚しいよなあ。これが私の本音だったが、口には出さなかった。否、出せなかった。タイミング良く電車が着き、私は友人へ別れを告げて電車に乗った。彼にはいつものように威勢良く反論して欲しかった。

教養は政治かもしれない。ただ、政治は政治家の所有物ではない。私たちの考えや何気ない行動の、集積やケミストリーが政治になる。そうだと信じたい。だとすれば、教養を作っていくのは私たちの日常であるはずだ。新しい自由七科は何なのか。なんとか話法とポジショントークが二元論的に世の中を色分けし、日常では忖度とルサンチマンが伝言ゲームとなって拡散している。

閉塞そうに見えて閉塞ではない。私たちの言論の自由は保障されているし、官邸前でデモもできる。しかし、閉塞ではない。それが問題だと思う。世の中が閉じ塞がれていることが問題ならば、開け放てば解決するはずだ。どんなに固く強く閉塞していてもそれは梃子の原理で解決できる。だがしかし、問題は二元論なのだ。開-閉も二元論、課題-解決もその発想それ自体が二元論だ。

形而上と形而下が、精神と肉体が、彼岸と此岸が、バーチャルとリアルが、対立している時には話は今より簡単だった。二元論の世界では単純な課題-解決が有効だ。それに心理的には色即是空-空即是色の発想でジャックアウトが可能なはずだ。今ではそれらは混ざり合っている。色即是空-空即是色は往復の思想だ。混ざり合い同時に存在するものを往復するには、特別の目と技術がいる。混ざり合い同時に存在するものを、使い慣れた色即是空-空即是色で解こうとするから、見ていない二元論が見えてしまう。それらを再帰的に社会に定着させるから問題がどんどん固着してしまう。すんなり色即是空-空即是色で解けないから、精神を鍛えてもすぐに精神が参ってしまう。私たちは、目の前の現実から一旦心をそらすとき、色即是空を無意識に使うことに慣れすぎてしまっている。

無理に安直に使うから色と空とが二元論となる。二元論と結びついた空はもはや色だ。しかし、それは空即是色が唱える世界観とはほど遠い。混ざり合うのと同時に存在するものを往復する目と技術。それこそが今最も必要な教養だと思う。それを誰にでもわかるように体系化し、ビジネスや政治や日常の場の実践で鍛えていけるか。

それが私たちの喫緊の課題であり、勝負だと思う。

 

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Art Shay "Nelson Algren Pauses after Another White Sox Loss, Chicago"

 

 

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